米海軍が中国、ロシアを威嚇しサミットは静かになった

石井孝明
ジャーナリスト

米空母打撃群が敵を威嚇した

広島G7サミットが5月21日に終了した。多くの成果を出したと思う。いつもの地球規模問題の解決の決意だけではなかった。ロシアの侵略を受けているウクライナのゼレンスキー大統領を招き、ロシアと中国の行動を批判、牽制した。そして核保有国3国を含むG7の首脳が広島の原爆慰霊公園で慰霊の献花を行い、核なき平和を誓った。

もし未来の歴史書を想像するなら、このサミットは中国やロシアの覇権を追求する国と自由陣営の対立が明示されたイベントだったとの、評価になるかもしれない。その歴史書に「それでも核兵器は使われてしまった」と書かれないことを願う。

首脳たちの動きの背景には、各国関係者の、いろいろな取り組みがあったであろう。その中で、私が興味を引いたのは、アメリカ海軍の空母打撃群の存在だ。空母ニミッツを中心にした艦隊が、中国軍が大規模演習を繰り返した今年初頭から東シナ海に展開して哨戒と演習を行っていた。そしてサミット開催中の5月19日から佐世保に停泊。その後、海上自衛隊と合同演習を行うために、23日に東シナ海に向けて出港した。

(写真1)佐世保に入港する空母ニミッツ。長崎放送のネット配信より。5月19日。艦載機を甲板に並べている。おそらく威嚇の意味もあるのだろう

どの国も積極的に軍艦の行動は公表しない。公開される場合はその国、そして海軍の意思が反映されている。空母の佐世保寄港を米国が見せつけるように行ったのは、潜在的な敵のロシア、中国、北朝鮮に対して、日本に軍事行動をするなという威嚇であろう。米軍の最高司令官であるバイデン大統領、またゼレンスキー大統領や友好国、同盟国首脳がこの時に日本で集っていた。

サミット期間中とその前後に、中国、ロシアの軍用機により日本に繰り返される防空識別圏への接近や領空侵犯と、艦艇の領海侵犯、また近年繰り返された北朝鮮によるミサイルや核実験は報告されていない。

まもなく長期点検に入ることが予定されている、横須賀を母港にする米空母レーガンと合わせると、2つの空母打撃群が、日本近海にいた。もちろん、こうした国々の真意は分からないが、米国の海空軍力の存在が、日本への嫌がらせを、敵対国にためらわせた理由になったかもしれない。

米国は海軍力で自国と同盟国を守る

空母ニミッツはもともと米国を根拠地にする。米国の空母搭載機は70〜80機ほどで、小国の空軍力に匹敵する。また空母打撃群は、随伴する護衛艦艇、潜水艦から構成され、それらの火力も合わさると、潜在敵国への大きな脅威だ。一方で米国と同盟国には、安全を確保し、安心感を与える。

経費と訓練で大変な費用と手間のかかる空母と搭載する艦載機群を、米国は10持つ。そして世界中に展開している。今、ペルシャ湾とインド洋に1〜2群、ISとの戦いが続きロシアを牽制する東地中海に2〜3群を置く。残りは本国での修理と訓練だ。今年は年初から、アジアに2群を置いている。

軍事力の存在が、平和をもたらす。サミットの裏で、こうした日本人の気づかないやりとりが行われていた。

東京湾を航行する米空母ロナルド・レーガン(iStockより)

汝平和を欲さば、戦への備えをせよ

「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」Si vis pacem, para bellum

これはラテン語の格言で、古代ローマからある。軍事力は、相手に攻められない状況を作り、平和をもたらす。平和の維持には力が必要だという意味だ。もちろん格言が当てはまらない状況もあるが、歴史を見るとたいていこの通りになっている。そして、もしかしたら今回のサミットで、この格言は実現してしまったのかもしれない。

特に、海軍は陸軍に比べた機動性がある。さらに航空機の航続距離が限られ攻撃が一過性の空軍と違い、海軍力を空母を中心に編成すれば反復した攻撃が可能となり、投入した地域での局地制空権も確保できる。こうした長所のために、米海軍は、大変なコストのかかる空母打撃群と海軍力の維持と整備を続ける。そして外交・安全保障政策とリンクさせ、活用している。政策には、力の裏付けがなければ無意味なのだ。

中国が海軍力の整備、そして空母の開発にこだわるのも、この米国の海軍力を分析してその力のメリットを認識し、真似をしようとしているのだろう。一帯一路戦略の中で中東やアフリカへの海上交通線の確保を重視し、また台湾侵攻を可能にし、太平洋への勢力圏の拡張を狙って、海軍力を強めている。

日本にもあった「抑止力としての軍備」の発想

日本は、こうした軍事力の効果を、戦後、軍備を持たないことで忘れてしまった。太平洋戦争前にはあった。そもそも空母機動艦隊を「発明」したのは日本海軍だ。

最後の海軍大将となった井上成美(1889−1975)は日独伊三国同盟(1940年)締結反対、終戦工作など要所で、適切な対応をし、海軍の良識派として現在評価されている。戦後は「敗軍の将、兵を語らず」として、戦史研究以外ではあまり公に発言しなかった。ただ海軍兵学校校長だったため、当時の生徒たちが頻繁に訪問した。その発言が阿川弘之「井上成美」(新潮文庫)、生出寿「反戦大将井上成美」(徳間書店)という伝記に記録されている。(以下手元に書籍がなく、記憶での紹介で誤った引用の場合は修正する)

(写真3)海軍大将井上成美(海軍兵学校校長、中将時代)(Wikipediaより)

井上は「抑止力としての海軍」「不戦海軍」と発言し、海軍の整備が平和をもたらすという信念を語ったという。ただ軍備が外交の道具となることは嫌い、「軍人が国策の道具になって死ぬのは二度とごめんだ」「武力の使用は国家存亡の時のみに限られるべきだ」と述べていた。

さらに武力を持ちすぎることも「高い着物を買うとお嬢さんが銀座や三越、帝劇に行って見せびらかしたくなる、着て歩きたくなるのと同じだ。立派な兵備を持つと使いたくなってしまう。その危険を政治家や軍人に教え続けなければならない」と話したそうだ。

井上の考えは今でも、十分役に立つ。退役の海上自衛隊の60代の元将官と話したことがあるが、自衛隊・防衛大学校は、旧軍の行動は批判的に継承し、教えるそうだ。ただし、その人が防大生の時の戦史教育では、井上だけを肯定的に教えていたという。こうした旧海軍の良き伝統は、ぜひ次世代に繋げてほしい。

軍事常識を学び、平和を維持する

「9条を守れ」「非武装中立」など空想的でおかしな安全保障論は、日本の周囲の中国、ロシア、北朝鮮などの危ない国が暴れる現実の前に、力を失った。ところが今でも軍事力が平和を保ち、抑止力になるという世界の常識、そしてかつて日本にもあった考えは定着していないように思える。それを効果的に使えば、平和を維持できるのにおかしなことだ。緊張緩和の取り組みやそのための外交交渉も、そうした力の背景がないと効果がないばかりか、相手に利用されてしまう。

今の日本は国民と政治家の軍事と外交の常識がないまま、防衛力の拡大を進めようとしている。大丈夫なのだろうか。

安全保障や国際情勢における米国の大きな存在感や、現代における海軍力・軍事力の意味を、日本人の多くは知らない。この原稿で認識してほしい。そして日本をめぐる安全保障を国民全体で考えたい。

石井孝明

経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

1 件のコメント

  1. YoshY より:

    「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」Si vis pacem, para bellum
    いい言葉ですね。

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