次の戦争を考える本−書評「ザ・コールデスト・ウィンター−朝鮮戦争」

石井孝明
ジャーナリスト

過去を学ぶことを忘れた日本

(写真)米国防省の特設サイトの2020年の画像。朝鮮戦争には酷寒の戦場もあった
(写真)米国防省の特設サイトの2020年の画像。朝鮮戦争には酷寒の戦場もあった

北朝鮮の動きが不気味だ。ミサイルを日本海に連射し、日本を威嚇する。ところが日本の国会とメディアは、統一教会騒動をまだ続けている。滑稽さを通り越して、その平和ボケに絶望を感じてしまう。目の前の危機に気づかないのか。

「困った隣人たち」だが、日本は引っ越すことはできず、万が一の事態に備え事前に準備をしなければならない。未来を予想し、指針となるのが「歴史」だ。

各国の軍では「戦史」を将校・兵士教育の中心に置く。普通の学校教育でも軍事を含めた近現代史を重視する。各国の位置や地形などの条件、文化による特徴的発想、人口に左右される国力の相対的差は、時間が経過しても大きく変わらない。そのために戦争や紛争では過去とよく似た状況が繰り返される。愛国心を鼓舞する出来事は戦時中に起こりやすく、それが公教育の場では取り上げられやすい。過去の対応例は、成功も失敗も参考にされる。戦史は面白いだけではなく、現代を生きる私たちを導く意味を持つものなのだ。

ところが、第二次世界大戦後の「平和ボケ」によって、日本は危機感がなくなり、戦史を含めた軍事を語らなくなった。朝鮮問題では直近の朝鮮戦争に、今は参考となる問題がたくさんある。

米国著名ジャーナリストの描く歴史絵巻

その中で、読みやすく面白い戦史本として、「ザ・コールデスト・ウィンター−朝鮮戦争」(デビッド・ハルバーススタム、邦訳は文藝春秋、邦訳2009年、上下)を取り上げたい。著者ハルバースタム(1934−2007)は米国の著名ジャーナリスト。ベトナム戦争報道で著名になり、1990年ごろからスポーツもの、歴史・外交もののルポルタージュ本を交互に出した。記者として私が目標にする人物だ。

(ザ・コールデスト・ウィンター−朝鮮戦争)
(ザ・コールデスト・ウィンター−朝鮮戦争)

ジャーナリストの故・筑紫哲也氏が「司馬遼太郎の面白さ」とハルバースタムの本を評していた。確かに彼の本は丹念な取材で、司馬の本のように面白いエピソードが散りばめられる。この本もそうだった。ただ米国のジャーナリストが「彼には鬼デスクが必要だ」と評したというが、そのエピソードを冗長と思う読者がいるかもしれない。

朝鮮戦争は1950年から53年まで続いた戦争だ。この戦争の終了は「休戦」に過ぎず、今も名目上は続いている。当時の南朝鮮の人口は2500万人、北朝鮮の人口は1200万人程度だ。そのうち推計で、南が軍人25万人、民間人143万人、北が40万人、民間人200万人も亡くなった悲惨すぎる戦争だ。米軍も5万人、参戦した中国軍10万人が戦死している。

この本では、関係者すべてが間違いをした。北朝鮮の指導者金日成はソウルを占領すれば勝てると思い込んでいた。李承晩は北朝鮮軍が弱いと思い込み準備を怠っていた。トルーマン米大統領はここまで戦争が大ごとになるとは思っていなかった。

連合軍を指揮したマッカーサー米元帥、途中から参戦した中国の毛沢東国家主席は、大変有能でありながら、傲慢による無能が同居する不思議な人物だった。2人の誤った指揮で、前線の兵士は苦闘する。そして上司の誤った指示で苦しむ、リッジウェイ米陸軍大将、彭徳懐・義勇中国軍司令官の名将2人の指揮で米中両軍が激突する。ハルバースタムは、生き残りの米兵たちに各地の戦闘の様子を聞いて歩いた。その描写は詳細で生々しい。

米国では、遠い国での戦争、テレビ時代の前の戦争として朝鮮戦争は、忘れられてしまう。その兵士たちの戦後の苦しみと、韓国を守り、自由と民主主義を守ったという兵士たちの慰めも書き込んである。米国の自分の価値観を押し付ける傲慢な外交には昔から批判がある。その点はあるかもしれない。しかし、米軍が戦わなければ世界は自由と民主主義を失い、暗黒に支配されてしまいかねなかった面もある。北朝鮮が朝鮮全域を支配したら、韓国も、日本も大変不幸な国になっていただろう。

おそらく「次の」朝鮮戦争でも登場する国は、韓国、北朝鮮に加え、米、中、ロシアと同じだ。そこで、多くの錯誤が繰り返されるだろう。ただ次回は核兵器が使われそうで、その錯誤は、もっと悲惨な結末を招きかねない。この本で、金日成は、間違い続けたのに責任を問われず、平壌が陥落する前に逃亡したみっともない、大災害を引き起こした人物と描かれている。その孫の金正恩が、同じような誤りを犯さないか心配だ。

日本は知らないうちに巻き込まれる

ただ本への余計な要望もある。ハルバースタムは、「アメリカと朝鮮戦争」をテーマにしているが、韓国、日本の姿も取材し、書き込んでほしかった。その点の情報は少ないが、日本に生きる私たちには重要だ。

日本をめぐる気になるエピソードをこの本から紹介したい。中国人民解放軍(中共軍)情報部は国共内戦、朝鮮戦争で、大変優れた情報収集、分析能力を発揮した。朝鮮戦争では米軍の兵力と行動を適切に予測し、対応策を毛沢東や軍上層部に進言していた。

中共軍のその成功は、日本国内での情報収集ルートの整備でもたらされた。当時、日本共産党や在日中国人・朝鮮人を使った極秘諜報網が、中共軍により組織された。朝鮮への中継基地である日本を、米軍は必ず通り、物資を調達する。その際に、港湾、鉄道にいたスパイから断片的な情報の通報を受け、米軍全体の動きを推定した。

1950年前後の当時の日本共産党と一部在日外国人は、朝鮮戦争に連動して過激化していた。武装闘争を行い、日本各地で暴力事件、デモなどの騒乱を引き起こしていた。

私は警察関係や軍事の文献を調べ、研究者にも聞いたが、日本語でこのスパイ網の話は出てこなかった。歴史は記録されなければ、隠されれば埋もれてしまうのだ。当事者が隠そうと思ったら、歴史的事実は「なかったこと」になる。もしかしたら、その後継組織は今でも、日本で活動しているのかもしれない。北朝鮮による拉致事件などの犯罪にも関わったかもしれない。今に歴史がつながっているのだ。

東アジアは、過去が今を束縛し、今も20世紀のような冷戦が続いている。そしていつ戦争が始まってもおかしくない。第二次朝鮮戦争についても、台湾危機も、その可能性はある。過去の歴史を学んで、今に活かすのは当然のことだ。

ハルバースタムの歴史絵巻は、面白いだけではなく、今への教訓を考えさせてくれる。

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