台湾・朝鮮有事、6万人の邦人脱出をどうする?

石井孝明
ジャーナリスト
(写真)12月16日、防衛政策の転換を発表する岸田首相
(写真)12月16日、防衛政策の転換を発表する岸田首相(出典:首相官邸ホームページ(同日)

前の朝鮮戦争、日米の行動の違い

「韓国の2000人の米国人と国連要員を救出する。私は即座に行動した。救出作戦は成功した」。朝鮮戦争の際に、米軍の指揮官でもあったダグラス・マッカーサー元帥は朝鮮戦争を振り返る回想録で誇らしげに記している。

朝鮮戦争は1950年6月25日に北朝鮮の奇襲侵攻で勃発した。海路、空路の避難で、米国の民間人は一人の犠牲も出ずに、3日ほどで日本にほぼ全員が到着した。米軍は民間人の脱出計画を戦争勃発時点で持っていた。マッカーサーも当時の米軍も、実は北朝鮮軍が攻めてくる可能性は少ないと予想していたが、それでもしっかりと避難計画は作っていた。

一方で、朝鮮戦争勃発時に日本人の帰国は大変だった。敗戦後に日本人は植民地だった朝鮮半島から大半が帰国したが、全容は不明ながら少数は残ったようだ。当時は日韓に外交関係はなく、邦人は自力で脱出し、日本の貨物船などに収容された。当時軍がなかった日本政府は邦人救援ができなかった。ソウル近郊で工場を経営していた韓国人の夫と住んでいた女性は、「夫は行方不明。7歳の娘と釜山まで8日かかり物乞いしながら歩いてきた」と、新聞に述べている。

朝鮮半島からの戦禍を避けた難民も発生した。韓国での避難民の総数は総人口の50%の約1041万人という。日本への密入国者が急増。九州北部、中国地方の日本海側に上陸した。検挙者数は50年2772人、51年4435人で強制送還されたが、3万から5万人の密入国があったという推計もある。この中には当然、北朝鮮の諜報員で、工作活動を行う者もいただろう。当時の日本は米軍占領下とはいえ、あまりにも無策すぎた。戦争はこりごりという意識から、誰も動かない「平和ボケ」になったのだろう。今もそうかもしれない。

邦人避難、前大戦では満州で20万人が亡くなる

日本が当事者になった第二次世界大戦でも邦人脱出の問題は起きた。敗戦時にアジア地域を中心に民間在留邦人は330万人いた。引揚者は悲惨な目にあった。ソ連軍や現地住民による虐殺・略奪があった満州では終戦時160万人の民間人日本人のうち、20万人が亡くなった。実はこれらの数字は確定していない。記録が取れないほど混乱していたのだ。

戦前の日本の対中国侵略が、対米英開戦と、1945年の敗戦を招いた。この反省を現代の日本人はほぼ共有している。確かにその事実はあるのだが、1931年の満州事変開始時点で、満州に10万人、上海近郊など中国本土に10万人の日本人がいて、その人たちの財産と命を守ろうとして、当時の日本は戦争をせざるを得なかった面がある。邦人を見捨てることはできないのだ。

現代の邦人の救援策は手付かず

現代でも邦人避難の問題は規模を大きくして残ったままだ。韓国、台湾では戦争の可能性がある。2021年に在留邦人は、中国で約10万7000人、韓国で約3万8000人、台湾で約2万4000人だ。

安倍政権で周辺事態の関連法の整備が進み、これまで可能だった自衛隊の海外の邦人救出で活動範囲が広がった。これは故・安倍晋三氏のリーダーシップに基づく改革で、深く感謝したい。海外からの救出策の検討は行われている。しか、自衛隊が使われるかは、受け入れ国の同意が前提だ。報道によれば、韓国政府が難色を示し、特に日本批判を強める文在寅政権との間で協議は進まず、そのままになっている。

台湾とは国交がないので、多分協議は水面下でしか行われていないだろう。中国はそもそも台湾・朝鮮有事の時に日本と戦闘になりかねないので、保護や避難計画さえ作れない。この地域にいる邦人の安全が心配だ。

朝鮮戦争では李承晩政権の日本への亡命も検討された。有事の際には、韓国・台湾の政府の避難、避難民の問題がある。さらには空路、海路のいずれの場合でも、近くにあり、港湾、空港設備を持つ日本が兵站基地や重要な意味を持った。有事では邦人に加えて、米国人やその他の外国人の救出に、日本が対応を求められることは避けられない。

防衛政策転換したが、具体策はこれから

日本は22年度の防衛費の1.2倍の増額、さらに敵地攻撃能力の整備を含めた安全保障政策の見直しを決定し、防衛政策を大きく転換した。(岸田文雄首相記者会見12月16日)当然の動きだ。しかし、問題は、そこから一歩踏み込んだ具体策だ。防衛費拡大を唱える勇ましい声、それを否定する左派政党のトンチンカンな発言はあふれているが、そうした具体策に役立つものは少ない。

ここに示した邦人救出、避難民問題は早急に決めなければいけない問題の一つだ。こうした問題を一つ一つ潰す長い大変な道のりが待っている。そして政府だけに任せておいていい問題ではない。個人でも、組織でも、こうした国に関係がある場合に、避難の具体策を考えなければいけない。前の朝鮮戦争や第二次世界大戦の時のように、日本政府は、日本人を見捨てる、もしくは見捨てざるを得ない状況に追い込まれる可能性があるのだ。

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