在日クルド人問題、トルコ政府はどう考えているか

石井孝明
ジャーナリスト
(写真)イスタンブールの光景。ボスポラス海峡から、トルコ国旗とブルーモスクを見る(iStockより)

トルコ政府の本音と建前

私は埼玉県の在日クルド人の違法行為、住民とのトラブルを取材している。この問題を、在日クルド人の国籍国であるトルコはこの問題をどのように考えているのか。

すでにトルコ政府側の表向きの見解は出ている。産経新聞がギュンゲン・駐日トルコ大使に取材し、「問題を把握し危惧」「遺憾」「日本の法令、しきたりにのっとって滞在することを求める」という言質を引き出している。

クルド人騒動「遺憾」 トルコ大使、法令順守求める」(産経新聞、9月12日記事)

また衆議院外務委員会委員長の黄川田仁志衆議院議員(埼玉3区選出:川口市の一部、越谷市)がトルコ大使館を訪問し、クルド人問題が解決しない場合には、現在、トルコと日本の間で90日間ビザなし渡航が可能になっている状況の見直し論が浮上しかねないと警告した。トルコ大使は「重く受け止め、本国に報告する」としている。

埼玉・川口のクルド人問題、トルコ大使に衆院外務委員長が懸念伝達 ビザ見直しにも言及」(産経新聞、9月16日記事)

私はフリーランスの記者という弱い立場であるため、国の大使、大使館にはなかなかアクセスしづらい。間接的ではあるが、在東京の外交筋、そして在日トルコ人の関係者と話し、トルコ政府が在日クルド人問題をどのように考えているかを聞いた。また在日クルド人問題を報道してから、トルコから100通程度のメールやX、Facebookのメッセージが来ている。それらも参考にした。それをまとめて編集して公開する。

ただし政府の正式な考えを直接聞いたわけではなく、人を介した間接的な情報である。間違っている可能性、また状況によって変わる可能性があることを留意して読んでいただきたい。

「現時点では積極的に触らない」が方針か

複数の情報筋によると、トルコ政府の態度は以下の通り。

▼1・これまで、トルコ政府・トルコ大使館は、埼玉のクルド人を放置していた。彼らの大半は「トルコに迫害されている」と嘘をついて難民と自称しているため、保護を拒否しているとみなされたためだ。また、あまり労働力としては質の高くない在日クルド人が、日本で稼いで本国の故郷に送金していた。経済にはプラスになるので、その観点からも放置してきた。

▼2・しかし治安・情報機関であるトルコ国家情報機関(MIT)、国家憲兵隊の要員が配置され、在日クルド人とクルド系テロ組織PKK(クルド労働者党)を監視している。トルコの治安・情報機関は大変有能だという。PKKの関係者が、在日クルド人の中にいる。そして在日クルド人コミュニティは心情的にPKKを支援している。また閉鎖的で、トルコ政府の介入を拒否、敵視している。ただし大半は出稼ぎであるため、PKKを嫌う人も多い。

▼3・在日クルド人が7月に暴動を起こしたため、当然、そのコミュニティを管理する必要が出てきた。しかし在日クルド人社会は出稼ぎ者の集まりで労働者の質が低く、統制が取れず、トルコ政府を敵視しているのでトルコ大使館も管理の手段がない。

▼4・駐日トルコ大使が川口市、埼玉県を訪問しようとしたが、川口市長、埼玉県知事は、クルド人を刺激することを恐れたためか、断ってきた。(筆者注・川口市、埼玉県には、この情報を確認していない。)

▼5・トルコ大使館、トルコ外務省、同経済省は在日クルド人問題の対応を高位の人々が集まり、検討し始めた。ただしエルドアン大統領、ハサン・フィダン外務大臣(前MIT長官)、経済外交を担当するメフメト・シュメク経済大臣など、政権ハイレベルの人々がこの問題に深く関与しているかは不明。情報源は「まだ局長級の協議でトップには上がっていなさそうだ」という。ちなみにフィダン氏はクルド人とトルコ人のハーフ、シュメク氏はクルド人だ。

▼6・トルコ政府は今、米国、EUと政治的に対立し、やや孤立気味になっている。特に、クルド系テロ組織PKKの掃討戦でのクルド人への人権侵害が批判されている。そのため政府内の協議では、在日クルド人問題にトルコ政府が積極的にさわるべきではないという慎重論が出ているという。つまりクルド人の出国段階で、トルコ側が公権力を使って彼らの出国を阻止するなどの行為だ。

ドイツ、英国などで、クルド人犯罪集団が問題になっている。トルコ政府はその捜査協力は積極的に行なっている。在日クルド人に犯罪組織ができる、PKKの拠点ができるなど、治安問題でもう一段状況が深刻になりそうになったら、動くだろうという。

▼7・トルコ政府は、現時点で積極的に自ら動くことはないが、日本政府が日本の法律で行うことには、当然協力する。在日クルド人の強制送還、日本での検挙・法適用では、トルコ政府が在日クルド人を庇って介入して、日本と対立することはない。

▼8・今、トルコは日本とEPA(経済連携)交渉の最中だ。またトルコは現在、経済危機に直面している。インドネシアやベトナムなどのように、特定技能や、実習生の形での出稼ぎを日本に認めることを求めている。そのために政府内では、評判が悪く、違法に滞在する在日クルド人たちの帰国支援を行なった上で、EPAの交渉を進めた方が良いとの意見がある。

▼9・日本の世論レベルでは、日本とトルコの90日間のビザなし渡航を止める意見が広がっている。トルコ政府はこれは拒否しそうだ。これまでの日本とトルコの友好関係と外交の積み重ねの結果、相互のビザなし渡航までの信頼が生まれたわけで、それを止めることは嫌がっている。またEPAでは、人の自由な往来が協定の根本であるためだ。

▼10・あるトルコ人によると、在日クルド人は南東部出身者が中心で、トルコ国内で力のある政治集団ではないという。それどころか、国内で日本と同じようなトラブル、車の暴走行為やゴミ捨て、生活態度の悪さで厄介者扱いだ。「トルコ政府は、日本政府と争ってまで、彼らを守る行動はしない」と指摘していた。

ただし、トルコ本国のメディアでも在日クルド人問題が取り上げられて関心を集め、また在日トルコ人がクルド人の犯罪に怒り出している。そうした人たちの意見で、「トルコ政府の、消極的姿勢は変わる可能性がある」という。

このような状況である。つまりトルコ政府は、現時点で在日クルド人問題に積極的に関係しないが、日本政府の行動には口を出さない態度だ。また放置から、少し関与する姿勢を見せ始めた。ただし私は、EPA交渉を材料に、出国規制や犯罪摘発など、協力を促す手段はあると思った。

日本人のトルコ、在日クルド人問題への誤解

また5月からクルド人問題に関わり、多くのトルコ人・クルド人とやりとりし、書籍を読み、情報を集めた。その学習の中で日本人の間に、トルコ、在日クルド人問題で、誤解があることを知った。それを指摘する。日本のメディアは、在日クルド人の言うことを聞くばかりで、PKKが流したと思われる誤った情報が多く流れている。

1・トルコではクルド人は差別されていない。エルドアン政権は、少数民族の地位向上に熱心である。クルド人らを支援するため東部開発を一貫して行ってきた。上記のように外相、経済相という主要閣僚にクルド人を配置している。そもそも与党公正発展党(AKP)は、クルド人の社会グループが結党の時に資金面を支援した。

2・ただし、トルコ民族の保守派を中心に、クルド人を嫌う傾向は確かにある。私に憎悪感情を連絡してきた人がいた。しかしトルコからのメールの大半はクルド人を含めて「共和国の下で、どの民族も平等にチャンスが与えられている。在日クルド人たちは嘘をついている」というものだった。

3・日本に来ている南東部クルド人は、トルコ国内でも評判が悪い人々だ。日本と同じような悪さをしている。政府に勤めるクルド人で、エリートらしい人から、私の記事を翻訳して読んで感想が来た。「彼らは無学な田舎者で、自分で努力しないから、孤立し、学力が低く、良い仕事に就けない悪循環に陥っている。同じ民族として恥ずかしい」。

4・日本人の一部は、トルコを失敗国家と勘違いしているようだが、それは違う。トルコは世界のGDPで、規模で19位(2020年)。G20メンバーで、イスラム圏では珍しい女性の権利が確保された民主主義国で、中東の大国だ。そして、日本とトルコはエルトゥール号事件(1890年)以来、友好国である。トルコとの関係を大切にするべきである。今年はトルコ共和国、建国100年で、祝祭が続く。それを日本人が壊してはいけない。

5・トルコ共和国の国民は、非常に誇り高く、愛国心も強い。日本にいるトルコ人はインテリ層がかなりいる。彼らは、日本のメディアや左派政党が、在日クルド人の言い分を垂れ流してトルコが人権侵害をしていると拡散していること、警察と日本のメディアが在日クルド人の犯罪を「トルコ人の犯罪」と表記していることを非常に怒っている。当然、日本ではトルコ人とクルド人は仲が悪い。日本人は安易に在日クルド人の嘘情報を広めない方がよい。日本のメディアや左派活動家の無知で、トルコとの外交問題が発生しかねない。

6・トルコではクルド系組織PKKがテロ活動をしている。PKKはテロで1980年代からクルド人を含めて、45000人のトルコ国民の死者を出している。近年は、シリアでISを打倒するために米国がクルド人武装組織にテコ入れし、それが連携するPKKの力も強め、活動を活発化させてしまった。米国の外交の失敗だ。PKKはトルコ東部の独立を主張しており、クルド人を含めてトルコ国民はその行動を批判している。トルコにとってのPKKとの戦いは今、国が分離されかねない重要な意味を持つ。日本はそれを理解する一方で、安易にクルド人を支援してはいけない。日本で、クルド人はそのPKKの旗を堂々と掲げている。これはトルコとの外交関係を破壊する。それに加えて、テロ組織が日本に存在するとすれば、日本とトルコで新たなテロを生みかねない。

(写真2)クルド人がフェイスブックで公開した、さいたま市の公園での新年祭(ネウロズ)。PKK系テロ組織とテロ指導者の写真が掲げられている。顔は隠した

これらの誤解を日本人は知り、在日クルド人問題に向き合うべきだ。無知と放置によって問題は大きく、深刻になっている。

石井孝明
経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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