テロを「成功」させた岸田首相−統一教会騒動をやめよ

石井孝明
ジャーナリスト

安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった事件で、犯人の「統一教会への恨み」という動機に注目して騒ぐ人々、メディア、政治勢力がある。それに釣られたのか、岸田文雄首相は、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の被害者に11月8日に会って話を聞き、被害者救済法の制定に着手するという。こうした行為はとても危険だ。安倍氏の銃撃事件はテロであり、これはそれを成功させ、次のテロを誘発する。騒ぐ人の猛省と、その行為の停止を求めたい。

国際会議で演説する安倍首相(安倍氏Facebookより)
国際会議で演説する安倍首相(安倍氏Facebookより)

「主張」を広げるのがテロ

「テロ」を、警察は次のように定義している。

「広く恐怖又は不安を抱かせることにより、その目的を達成することを意図して行われる政治上その他の主義主張に基づく暴力主義的破壊活動」(警察庁組織令39条)

つまり、政治上の主張という目的を持ち、それを達成する暴力行為がテロである。

警察発表によれば、山上徹也容疑者は、統一教会に恨みがあり、その攻撃の目的で関係があったと思い込んだ安倍氏への銃撃事件を起こしたと供述している。安倍氏はこの宗教の信者ではなく、ただの逆恨みだ。統一教会が社会的に制裁を受け社会が騒げば、山上容疑者の希望通りになりテロは成功したと言える。テロリストの要求を取り上げても、相手をしてもいけない。それなのに一連の騒動、それに乗る岸田首相の行動は危険だ。

もちろん問題のあるカルト宗教と政治の癒着は批判され、暴かれなければならない。「統一教会、安倍、自民党」を無理に関連付け、テロを支援するかのような、単純でセンセーショナルな議論をやめるように、私は言っているだけである。

テロ賛美する昭和戦前期、次のテロを誘発

これはテロの連鎖を産みかねない、社会の破壊行為だ。歴史を振り返れば、そうした事態は頻繁に起こる。日本では、昭和戦前・戦中期(1925~45年)に、「愛国が目的だ」と主張するテロが頻発した。それを肯定する人々の意見が目立ったため、主張を拡散できると思ったテロリストが、次のテロを起こした。

5・15事件(1932年)とその余波を紹介しよう。犬養毅首相が、首相公邸を襲った海軍の青年将校らに殺害された事件である。この事件以降、政治家が萎縮して政党内閣は組織されなくなる。犬養は詰め寄った将校らに「話せばわかる」と言ったのに、将校は「問答無用」と頭を撃ち抜く残酷な行為をした。巡査も1人殉職した。

殺された犬養毅首相(Wikipediaより)
殺された犬養毅首相(Wikipediaより)

この事件は当初のクーデターの予定が変化し、最後は首相殺害だけを目的にしたテロとなった。ただの「人殺し」である。ところが支援した民間右翼団体が、パンフレットや新聞で、「政党政治の腐敗、社会混乱や貧富の差を憂いて将校は決起した」と、キャンペーンを行った。当時の主要メディアの新聞はそれを煽り、その情報に影響されて犯人支援の動きが盛り上がった。海軍軍法会議には一般民衆から百万通以上の減刑嘆願書が送られた。それが影響したのか、判決で死刑はなく長期禁錮だけで、その後多くが恩赦などで出所した。

この結果、「動機が正しければ、どんな行為も許される」という誤った考えが、社会に植え付けられてしまったのだろう。その後にテロ、クーデター、また未遂事件の摘発が繰り返され、社会不安が増幅した。血盟団事件(1932年、政治家2人殺害)、神兵隊事件(1933年、未遂)などが続く。最大規模のテロになった2・26事件(1936年)では、犯人の陸軍将校らは、兵を動かし、9人(そのうち重臣や陸軍高官4人、警察官5人)の大量殺害をした。犯人らは5・15事件の社会からの好意的反響の大きさと、判決の軽さから見て、自分達の処罰を楽観視していたとされる。2・26事件の首謀者ら関与した者は18人死刑、2人自決となった。戦前の陸軍の政治力の強さの一因は、軍を動かすテロ、またクーデターを行いかねないという恐怖があったためだ。

被害者遺族、犬養家のその後の悲劇

5・15事件で気の毒なのは遺族だ。のち作家になる犬養道子さん(1921~2017年)は、当時11歳であり、事件直後に亡くなった祖父の遺骸に対面した。祖父が殺された理由が分からず、さらに犯人が讃えられる姿が悲しく不思議でならなかったという。家に出入りしていた商人は「あんたのところは国賊じゃないか。皇軍の兵士に殺されて。アカの手先だ」と、母に罵詈雑言を浴びせ、物を売るのを拒否したという。

犬養道子さん(NHKアーカイブスより)
犬養道子さん(NHKアーカイブスより)

犬養家は転居し、犬養毅の親族ということを隠して生活した。親族の女性が、「人間ってそういうものよ、日本人ってそういうものよ」と、その境遇を悲しんだという。道子さんは、深く傷つき人生観を変え、のちキリスト教徒になった。(以上エピソード、「昭和史七つの謎」保阪正康著、角川文庫より要約)安倍氏の親族も、同じ苦しみ、悲しみを、現代の日本人から受けているかもしれない。そうならば、私は日本人として、恥ずかしく、悲しい。

日本の政治をめぐる議論では「戦前を繰り返すな」と言う言葉が左派の政治勢力からよく聞かれる。今回、日本共産党を中心とした極左勢力と立憲民主党が、安倍氏へのテロを政治利用し、「統一教会攻撃」という犯人の動機を強調している。現代極左の人々は、戦前の右翼と全く同じ愚行と醜い行為を繰り返している。犬養家を罵った商人と、今でも「アベガー」と叫ぶ人たちの似た醜い姿を見ると、「人間ってそういうものよ、日本人ってそういうものよ」と私も言いたくなる。

テロの連鎖によって、戦前期は愛国を唱える右派勢力、陸軍が力を得た。大日本帝国が敗北したアジア・太平洋戦争も、こうしたおかしな世論を背景にした陸軍の対外強硬策が発生の一因だ。今から振り返ると、戦前期に「愛国者による」テロを賛美した人は、自ら社会を叩き壊し、それが戦争の一因になった。

次のテロを止めるため「テロ批判」こそ議論の中心に

安倍氏への中傷、誹謗はその生前から異常であった。そして今、亡くなった安倍氏に鞭打つような異様な批判をしている人たちがいる。安倍氏の死を喜ぶかのような人がいる。その姿はおぞましいし、テロが次のテロを誘発した戦前の日本の失敗をまた繰り返したいのだろうか。

安倍氏の悲劇的な事件は「安倍氏がテロで殺された」ということだ。それを認識の中心にして「安倍氏の死を悼み、テロを二度と起こさせない」という考えで、問題に向き合うのが当然だ。倫理的にも、再発防止策でも、政治的影響でも、その考えが貫かれなければならない。

安倍氏の死に哀悼さえ示せない異様な人々、テロリストの主張を聞いてしまう人は、猛省し、今すぐ、事件に絡んだ統一教会攻撃をやめてほしい。その行為は、人倫に反する。そればかりではなく、社会をおかしくして、その人たちの未来も壊してしまう。戦前の日本のように。恐ろしいことに、岸田首相もそういう異様な人たちの共犯になりつつある。

1 件のコメント

  1. tuma34 より:

    まさに正論、テロに屈した岸田首相の責任は重い。

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