森鴎外先生、九州の金持ちは令和に活躍しています

石井孝明
ジャーナリスト

九州はビジネスに有利、その先は?

九州でのビジネスが、インフレの時代に電力価格が上昇しないことを一因に、有利になるとコラム「九州の電気は安い-原子力発電で地域経済に差が生まれる」で指摘した。すると、九州の方から「うれしい」「がんばろう」、その他の原発を使えない地域から「うらやましい」という感想をたくさん、いただいている。批判でも称賛でも、書いた文章に反響があるのは、経済記者としてうれしい。

(写真1)かつて石炭産業が九州経済を引っ張った。次は何だろう?(istock)

九州と聞くと、どんなイメージを他地域の人は浮かべるだろうか。「先進性」「大陸に近く開明的である」「豪快」「合理性」などのイメージを5代続けて一族が東京に住み、先祖も東日本出身の私は持っている。もちろん九州は7つの県で構成され、多様であり、簡単にまとめられないであろうが。こうした良い特徴が、安い電力価格と結びつき、ビジネス・製造業、そして生活に有利な場所になりそうだ。その九州で、ビジネスでの利益と社会の関係を考える面白い歴史エピソードがあるので、紹介してみたい。

鴎外「我をして九州の富人たらしめば」

明治の文豪・森鴎外(本名・森林太郎)(1962-1922)は、福岡の小倉に陸軍12師団軍医部長として3年近く暮らした。40歳前後の1899年から1902年までだ。この異動を自分で「左遷」と嘆きながら、彼は九州の歴史文献調査をし、史跡を訪ね、フランス語や禅を学ぶ活動をした。陸軍退官後に、九州を舞台にした傑作歴史小説を書き、留学先のドイツ語に加えて、フランス語表現も参考にする耽美的な文章を書く。九州の方には「左遷」は失礼だが、この雌伏がのちの文学の大成につながる。

(写真2)森鴎外56歳の時の写真(Wikipediaより)

そこで鴎外はで福岡日日新聞に1899年(明治32年)に、「我をして九州の富人たらしめば」(私が九州の金持ちならば)という寄稿文を掲載した。

当時、石炭産業が九州で急成長し、「成金」だらけだった。鴎外は、出張先で人力車に乗ろうとすると、車夫全員に断られた。成金の炭鉱主が既定料金を払わず車代が高騰。鴎外を相手しなかったのだ。その他にも、当時、一等列車を借り切って、裸になるとか、繁華街でどんちゃん騒ぎをするなどの狼藉を成金は繰り返していた。そうしたはしたない行為を鴎外は批判した。

令和4年の日本では、大衆的な飲食店の回転寿司で、変なことをして炎上をする、変な若者が増えているが、明治の日本でも似た幼稚さはあった。ただし、こちらは成金だ。

鴎外の提案、九州の金持ちを動かす

鴎外は、この文章で、医師らしく、労働者の保護、保険、衛生事業の大切さを説き、九州の金持ち(富人)が、それに金を使うことを求める。そうした利他の精神は美しいが、なかなか人は自利でないと動かないと指摘する。自利には種類がある。飲食、遊興の官能は一過性で、体を壊して本当の自利にはならない。精神のすぐれた人は学問と芸術による悦びへの自利に関心を向ける。自分と利他のために学校を作り、芸術を振興してほしい。そして九州の豊かな歴史を愛でる学問を起こしてほしいと呼びかけた。

ちょっと説教くさい、エリート臭がある文章だ。鴎外の行動や文章にはその傾向があり、だから左遷されたのだろう。けども九州にはその動きが元々あり、この文章は福岡の人々に反響を産んだ。

この文章をきっかけに、炭鉱主の安川敬一郎は1909年、明治専門学校(現九州工業大)を開校した。この学校は、昔は鉱山学、今はITに注力し、九州の産業に貢献している。石炭商の佐藤慶太郎は1921年、東京府美術館(現東京都美術館)を寄付した。

元首相の麻生太郎さんも炭鉱主の末裔だ。彼を「世間知らずのバカボン」とか「世情を知らない金持ち」と、感情的な批判が渦巻く。しかし、地元のために尽くしたという点で、太郎さんと麻生家は立派だと私は思う。

1960年代を最後に石炭産業が急に衰退すると、三井、三菱の財閥は福岡から撤退し、筑豊の炭鉱主の多くは会社をたたんで、福岡や東京に財産を持って移り住んでしまった。ところが麻生家は会社と共に筑豊に残った。

麻生太郎さんは、1970年代に麻生グループで、セメント業、病院経営、小売業への業態転換を指揮し、なんとか生き残らせ、雇用を守った。口だけの批判者と違って、雇用と地域を守った「富人」であったのだ。その点は、私も尊敬する。演説が上手とされる麻生太郎さんが鴎外を引用したのは聞いた事はないが、その要請を体現して富を有効に使った。

電力の安さを使い、日本を引っ張れ

九州は、電力の安さに加え、中国、韓国との関係の深さなど、日本の他地域に比べたビジネスの有利さに満ちている。新型コロナが収束し、東アジア・東南アジアの景気が回復すれば、こうした外国の力が観光、貿易などあらゆる面で、経済を刺激するだろう。

さて時代は変わり、富は炭鉱主など資本家だけに独占されるものではなくなった。そこで鴎外先生ではないが、九州のビジネスパーソンに、お願いしたい。

鴎外の時代と違って、資本主義も、企業の姿も進化した。儲けは悪いことではなく、消費は景気を刺激し成金活動も悪いことではない。ただ、その儲けの活用の方向を考えてほしいのだ。

まず、そうした外部環境を活かして、どんどん儲けて、自分で利益をたっぷり得てほしい。ただ私ごときが言わなくても、九州の人々はそうするだろう。

そしてインフレ、エネルギー高騰に苦しむ日本に安い電力と地の利を活かして、安く製品を提供して、その苦しみを和らげてほしい。さらに経済記者として私が望むのは、その成功で、日本中に原子力活用など、適切なエネルギー供給の形が経済に大切だと、実例を示してほしい。

鴎外に言われなくても麻生太郎さんをはじめ、九州の富人たちはビジネスで社会貢献をしてきた。小物の私に言われなくても令和の富人となったビジネスパーソンは、九州と日本に、ビジネスを通じて貢献していくだろう。社会貢献を意識しながら、鴎外の霊に、九州はビジネスで日本を引っ張っていると見せつけてほしいと思う。そして他地域の人も、九州を参考に、日本経済を活性化していけばいい。私たちは国に頼ってばかりはいられない。

1 件のコメント

  1. 大久保 より:

    良いものを読ませていただきました。ありがとうございます。

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