「もしもトランプ」の場合に、エネルギー問題への影響はどうなるか
「もしトラ」という言葉がネットで生まれている。「もしもトランプ前米大統領が、今年11月の大統領選挙で当選したら?」の意味だ。トランプ氏は、共和党の候補になることは確実だが大統領選挙で勝つかどうかはわからない。しかし仮に選ばれたとしたら、今のバイデン政権が進めてきた米国のエネルギー・温暖化政策の方向性は大きく変わることは確実だ。今年6月時点の情報で、頭の体操をしてみよう。
目次
「アメリカ・ファースト」のエネルギー政策
トランプ大統領は第一次政権(2017年1月~2021年1月)までの4年間で、以下のエネルギー・温暖化政策を進めた。当時は過激と日本の評された。しかし私には意外感はなかった。2016年の大統領選挙の前に、同時に行われる米連邦議会選挙向けの共和党のマニフェストを読んでいた。するとエネルギー分野でトランプ政権の行ったことは、ほぼ全て、そこに書かれていたことだった。つまり、これはトランプ氏の独走ではなく、共和党支持者の総意なのだ。
トランプ氏は「アメリカ・ファースト」「アメリカを再び偉大に」という基本方針を前回掲げた。今回の選挙でもそれを掲げている。第一次政権のエネルギー政策でもそれは現れた。
・パリ協定からの離脱。
・連邦国有地での環境規制の撤廃。
・米国を横断するガスパイプラインの建設促進。
・国産エネルギーの増産支援。オバマ政権が環境配慮の規制で抑制しがちだった、石炭産業、シェールガス支援。
・原子力は推進。ただしオバマ政権の「核兵器なき世界」という政策を批判。
・原子力発電の増加は支援。これは民主党も同じ。しかし民主党が掲げる核不拡散と、それに伴う核燃料サイクルを日本以外に認めない政策を、それほど強調せず。
・オバマ政権が初期に唱えた「グリーンニューディール」政策は徹底批判。経済の作り替えなどの余計なことはするなと主張した。
・中東政策はイスラエル寄りだが、サウジ、バーレーン、UAEなど、穏健なイスラム諸国との関係を深めた。
エネルギーと気候変動問題は共和党、民主党間で党派対立が激しい分野だ。トランプ政権時代にはエネルギー温暖化政策の否定が目立った。その反動でバイデン政権はトランプ政権のエネルギー温暖化政策の否定からスタートした。バイデン大統領は、政権発足の第一日目にパリ協定へ復帰し、パイプラインの環境調査の開始など、オバマ政権の時の環境保護政策を復活させた。そしてグリーンニューディールを掲げ、環境派で有名なジョン・ケリー元上院議員を気候変動特使に命じて、国際交渉の場で脱炭素を主張した。
「第二次?」トランプ政権のエネルギー政策
では仮に第二次トランプ政権が発足した場合に、どのようなことが行われるのか。
バイデン政権の政策を強く否定するだろう。テッド・クルーズ、マルコ・ルビオ上院議員など共和党保守派は、エネルギーに絡めて、バイデン政権を批判した。バイデン政権のグリーンニューディール政策が補助金を垂れ流し、アメリカの化石燃料産業を衰退させプーチンを儲けさせたと批判している。共和党側の主張に疑問点もあるが、同党の支持者はその現政権の否定を強く賛成するだろう。
まだ共和党の大統領選挙や今年秋の連邦議会議員選挙のマニフェストは作られていない。トランプ陣営への政策インプットを行っている共和党系の米国第一政策研究所(America First Policy Institute)の掲げる政策提言をみてみよう。エネルギーでは以下の取り組みを提言している。
1.エネルギー自給を実現=海上、国立公園などでの採掘を拡大。原子力を拡大。レアアース、重要鉱物、化石燃料、ウランの自給を試みる。原子力教育、人材育成も行う。
2.エネルギー生産の増大による価格引き下げ=非効率な補助金、規制の廃止、発電所の延命など。
3.予測可能、透明、効率的な許可プロセスと規制環境の構築=補助金を評価し、規制・許認可改革による合理的な制度を作る。
4.すべてのアメリカ人にきれいな空気、きれいな水、きれいな環境を=環境改善と経済成長の成果を促進するために、大気浄化法(CAA)水質浄化法(CWA)などを見直す。そして中国をはじめとする敵対国の膨大な環境破壊を監視する。パリ協定ではなく、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)のような、関係のある国同士の、意味のある強制力のある環境協定づくりを目指す。
5.「エネルギードミナンス」というコンセプト。産業競争力をつける=国際パイプライン、ガス輸出を促進。米国のエネルギーが、価格、安定供給など、他国から優れた状況になる「エネルギードミナンス」という状況を作る。
これらの主張は客観的におかしな主張ではないと思う。
政治の波に左右されず、力を蓄える行動を
トランプ第二次政権が誕生すれば、これらが実行されることになる可能性が高い。特に日本に影響を与えそうな問題は、パリ協定からの離脱、天然ガス輸出の積極化だろう。
パリ協定は緩やかな規制だが、それでもトランプ氏と共和党は米国の産業に規制をかけると敵視している。米国の脱退によって、全世界を覆う協定は、当面の間できなくなる。ただし2021年から途上国がパリ協定実現のために「金を出せ」と騒ぎ始めた。交渉は難航しそうで、アメリカが出ていくことを口実に、この協定が壊れても、私はいいと思う。
また脱炭素の目標が消えることはない。そして日本の省エネ技術、原子力技術が、自由主義陣営で期待される状況は変わらない。
米国のエネルギー輸出積極化は、日本にとってはエネルギー供給源の多様化という形で歓迎すべき話だ。天然ガス、シェールガスをLNGで日本が輸入する形となるだろう。これまで日本はG7でバイデン政権の米国と欧州から脱化石燃料を求められてきた。日本の貿易の柱は対中国、対アジア、対米だ。欧州に気候変動問題で引っ張られる可能性はあるが、米国からの要求が緩まれば、日本の民間企業も政府も自由に動きやすくなるだろう。
ただし米国企業が気候変動のコストを負わず、米国のエネルギー価格の低下を享受すれば、日本の産業界はその競争に苦しむ可能性がある。
エネルギーは長期的な取り組みが必要だ。日本は自由化、原発の長期停止など、政策の失敗で、エネルギー産業は苦しんできた。そうした政治の波にエネルギー産業は翻弄されてしまった。それに加えて米国が、政権交代のたびに左右に大きく振れるのは困ったことだ。
しかし、嘆いても仕方がない。脱炭素の潮流は変わらない。「もしトラ」を頭の片隅に入れながら本業を磨くことしか、日本のエネルギー産業の進むべき道はないだろう。安く、良質の商品やサービスは、政治がどうであろうと、消費者に選ばれて永続する。
石井孝明
経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com
1 件のコメント
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エネルギー問題について、ウクライナ戦争やドイツの問題、中東や中国の動き、政治の左傾化など
考えることがたくさんあるので、これからも発信を、楽しみにしています
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