ドイツの海底ガスパイプ爆破、深まる謎と教訓
ドイツとロシアを海底で結ぶ、天然ガスパイプラインの「ノルドストリーム」の爆破をめぐって、3月に世界中が騒ぎになった。米国の関与説、親ウクライナ組織の関与説が相次いで報道されたためだ。その後の続報がないために、3月下旬に入って騒動は下火になったが、真相は謎のままだ。
日本ではあまり報道されていないが、事件の概要を説明し、エネルギー産業の戦争リスクの問題を考えてみたい。
目次
爆破事件の概要
ノルドストリームの爆破事件を簡単に振り返ろう。
2022年9月、バルト海を通り、ロシアからドイツに天然ガスを輸送するパイプライン「ノルドストリーム」が構成するパイプ2本の両方、ほぼ完成した「ノルドストリーム2」のパイプ2本のうち1本が破壊され、使用不能になった。
ノルドストリーム1は、ロシアのガス会社ガスプロムやドイツのエネルギー企業などが出資し2011年から稼働した。2021年には、ドイツの輸入天然ガスの3割、電力向け一次エネルギーの1割を購入していたとされる。
しかし2022年2月からのウクライナ戦争の後に、定期点検を名目に同年8月にロシアはこれを使ったガスの供給を停止した。この事業によるガスの購入で、ドイツがロシアを支援していると、批判された。この爆破事件の後で、供給は再開されていない。また同社サイトを見ると、パプラインの復旧状況を含めて、現状は広報されていない。
またノルドストリーム社は、ドイツのゲアハルト・シュレーダー元首相を取締役に招くなど、ロシアをめぐるビジネスにありがちな怪しげなネットワークを持っている。さらに同社が作った環境基金が、脱税や不正献金の温床になったとのスキャンダルも出ているようだ。
ほぼ完成に近かった、もう一つの近くを通るロシアからドイツまでのパイプラインのノルドストリーム2は、ドイツのショルツ政権が、ウクライナ戦争直後に事業の認可をせず、そのままになっている。ノルドストリーム1は、2021年にはドイツの輸入天然ガスの3割を供給し、同国のロシアへのガス依存を強めていた。
爆破事件の犯人3説-ロシア、米国、親ウクライナ勢力
爆破事件では、当初、現場海域近くのデンマーク、スウェーデンと当事国のドイツの捜査機関が関わったが、途中からスウェーデンが理由を示さずに捜査から抜けたことが発表された。ロシアは捜査関与を両国から拒否された。
当初は、西側からはロシアの犯行との見方が示された。特にウクライナがそれを主張した。
今年2月になって、米ジャーナリストのシーモア・ハーシュ氏が自分のサイトで、この事件は米国が行い、ノルウェーも支援したと発表した。バイデン大統領の決定によるものだという。22年夏のNATO軍のバルト海での演習の際に爆弾を設置し、3ヶ月後に爆破させたそうだ。ロシア政府はこの情報に反応し、国連安全保障理事会の会議などでも追及したがアメリカは否定した。
そして米ニューヨークタイムズが3月7日に、親ウクライナ勢力説を伝えた。米国当局者の話として、ウクライナを支援するグループが行ったようだが、ウクライナ政府が関与している証拠はないとしている。
ただし続報はない。またウクライナ政府は関与を否定している。
どの犯人説にも決め手なし
一連の報道や各国政府、ノルドストリーム社の広報を見ると、犯人はわからない。
ロシアがこれを破壊する利益は乏しいように思える。ドイツにガスを供給していた方が金銭的利益は出るし、それによって同国に影響力を及ぼせるからだ。プーチン大統領は2月のロシアのテレビインタビューで、親ウクライナの勢力が実行した可能性があるとする報道については「全くのナンセンスだ」と指摘。「素人がこうした行為を行うことはできない。このテロ行為は極めて明確に国家レベルで行われた」と主張し、米、ウ国政府の関与があると考えているとほのめかした。
ウクライナにとっては、ドイツ・EUとロシアのエネルギー面での関係を断つため、やる意味がある。しかし、本国から離れたバルト海で、こうした破壊活動を隠れて行うことは難しい。またドイツはゆっくりではあるがエネルギー資源の購入をロシアから減らしている。そうした中でノルドストリームを破壊したら、有力な支援国であるドイツとの関係は悪化するだろう。
米国はどうだろうか。前出のハーシュ氏は独露関係の悪化を米国が狙ったとされる。しかし、そのために米国が、爆破をするかは疑問だ。ハーシュ氏はスクープ記者として知られるが、とばし記事も多い。また一連の情報を、自分の有料ブログと米英で「極左」と認識されるメディアで情報を公開しており、その発する情報は少し偏向している。
最近は、ネットによる調査報道が流行している。こうした国の諜報機関が関与する極秘の問題はなかなか真相にたどり着けないようだ。ただドイツのニュース週刊誌のツァイトと、調査ジャーナリズム団体「Bellingcat」が協力し、衛星写真とそれにより観察されるノルウェー船舶の動きからハーシュ氏の説は成り立たないと指摘した。同誌によれば、事件の時期にはドイツから出港した小型船が事件海域で活動しており、ドイツの捜査当局がそれを使っていた人物らを追跡しているという。
教訓その1−世界の経済圏の分断
真相は結局、しばらく分からないままだろう。しかし、この事件は、日本のエネルギー産業やビジネスに、さまざまな教訓を与える。
第一の教訓は、世界の経済関係の分断だ。この事件の結果、EUとロシアのエネルギー面での結びつきが、政治面だけでなく、物理的な面でも減った。ロシアが世界経済で日本も属する自由主義陣営から切り離され、それが長期化しそうな気配だ。それが、エネルギー面でさらに強まった。エネルギー面でもその他のビジネスでも、中露とそれ以外の経済の二極化を考え、ビジネスを組み立てるべきだろう。機会あるごとに、ロシアは日本への天然ガスパイプラインの敷設を打診してきた。それは今後消えそうだ。
教訓その2−「戦争」に備える必要
第2の教訓として、エネルギービジネスと政治の関係の難しさも明らかになった。ノルドストリーム社は事業が停止し、今後が危ぶまれている。ウクライナ戦争では、ここだけではなく、エネルギーインフラが狙われている。また原子力発電所が攻撃されている。昨秋からロシアはエネルギーインフラを攻撃して破壊し、今年の冬、春はウクライナ各地で、同国民は電力不足に苦しんでいる。
戦争において、エネルギー産業やライフラインは、敵対国の軍に狙われる。それは民間企業では対応しようがない。
例えば、太平洋戦争の時に、日本の海運業は大型船(総トン数1000トン以上)2568隻を保有し、世界3位だった。ところが、その88%の2259が連合軍に撃沈、船員の半数の約6万人が戦没した。戦後、その船舶の補償は、ほとんど国からなかった。(東京新聞記事「太平洋戦争~海に消えた船たち」2006年8月13日)
東日本大震災の後で、自然災害などで「事業継続力」が話題となった。この部分への対応は緩やかではあるが、政府や企業で進んでいる。しかし、それに加えて、「戦争」、もしくはそこに至らないまでも「テロ」「外国勢力の武力行使」という次元の違うことにも、企業は準備をしはじめたほうがよい。また私たち国民も影響、巻き込まれに備えて準備をするべきだろう。
ちなみに、日本は電力料金が、家庭向けで2020年比で1.5倍程度の1万円前後になっている。しかし、ドイツでは報道によると東部地域で、電気同3倍、ガスで同5倍程度、電気で1世帯約4〜5万円、ガスで約4万円になっているという。(為替、地域により動くので、3月末の概算)ドイツは実質はロシアのガスに依存して経済を回していたのに、脱炭素などと浮ついたことを言っていた。そのツケが今出ている。
石井孝明
経済記者 &ENERGY運営
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メール:ishii.takaaki1@gmail.com
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