米国農家は世界最強、その理由をみた

石井孝明
ジャーナリスト

なぜ米国の農業は強いのか

米国は世界のトウモロコシ、大豆の生産では常にトップ。穀物全体の生産量も常に上位だ。コストの高い先進国でこれほど農業の強い国はない。なぜだろうか。

2016年8月に全米穀物協会と米農務省の、記者取材プログラムに選ばれて現地を取材できた。そこで理由がわかった。

米国では優れた農家が意欲的に儲けを追求し、そしてそれを支える産業の仕組みが完備している。それが効率的な低コストの農業を実現している。

彼らは、日本の農家のイメージとは違い、有能な企業経営者、アントレプレナーだった。コスト意識が強く、新技術の導入に積極的だった。

(表)アメリカの農業の生産性の向上は著しい。100年前のトウモロコシ収穫量は1エーカー20ブッシェルだったが、今は150ブッシェル。農薬、遺伝子組み換え作物、ITの活用で現在150ブッシェルでそれ以上を目指す。(モンサント、現バイエル資料)

儲けを追求、やり手農業経営者

この時の取材ではミズーリ州セントルイスからイリノイ州シカゴまでの米中西部の穀倉地帯を、直線距離で約480キロを車で移動した。印象に残ったのは、地平線の向こうまで農地が広がっていた光景だ。米国の農家の米国の1世帯農家当たりの平均の経営面積は約200ヘクタールと、日本(2.7ヘクタール)の約75倍だ。この農地の広さという強みを活かした経営をしていた。

(写真1)イリノイ州の農家、ダン・ケリーさんとトウモロコシ。16年は豊作だった。
(写真2)米国中西部では車で数時間走っても、地平線までトウモロコシ、大豆畑が続く。農地が広大だ。
(写真3)セントルイス市内からみたミシシッピー川の光景。米穀物商社カーギルの穀物倉庫。穀物用タグボートが見える。

イリノイの農家、ロイ・ウェンデさん(56)を訪ねた。

「モットーは『フォローマネー』(儲けを追う)。政府は私のやることに口を出さずに自由にやらせてほしい」。頭の回転が速く、やってやるぞ、儲けてやるぞという企業家精神に満ちた、エネルギッシュなやり手の経営者という感じだ。メディアに出てくる日本の農業関係者は政府批判、補助金、外国の脅威を語り日本の農業を守れと言う高齢者が多いが、全く雰囲気が違う。

(写真4)イリノイの農家のウェンデさん。一台40万ドルの最新型トラクターの前で。

日本の農業で繰り返し話題にするTPPだが、ウェンデ氏は「それがあったらいいなと思う程度。日々の仕事に忙しいし、経営環境が変わったら、それに合わせる」という感想だ。日本ではコメの減反政策があると話すと「その政策は聞いている。なんで怒らないのだろう。政府が農家に命令して作付けを減らす、農家の経営に関与するなんてあり得ない」と述べた。企業家精神に満ちていた。

ウェンデさんは東京ドームの約510個分、2400ヘクタールという広大な農地でトウモロコシ、大豆を生産している。ウェンデさんの一族はイリノイで5代にわたって農業をして、代々少しずつ買い足していったそうだ。93才で一昨年亡くなった父親は、亡くなる1カ月までトラクターを運転していたという。

ここ数年は豊作が続き、農場は毎年約350万ドル(約4億円)程度の収入があるが、経費も上昇しており、利益が少し出る程度という。

繁忙期には人を一時的に雇うが30才の息子と定年退職して手伝う兄の3人で、この広大な農地を管理している。少人数でそれが可能なのは、最先端の農業技術を使いこなし、機械化・省力化を徹底しているからだ。

家は、プール付きという日本の感覚では大豪邸だ。「少し利益が出る程度」というのは謙遜で、大金持ちに見えた。

IT、穀物市場、新技術を使いこなす米国農家

隣にある事務所は現代的なオフィスだ。巨大なスクリーンが置かれ、モンサントグループ(現バイエル)の農業情報サービス「クライメイト」を通じて農地の衛星写真が映し出されていた。(写真5)

(写真5)衛星写真、ITを活用した自らの農地の分析システム。モンサント(現バイエル)のサービス「クライメイト」

米国のトウモロコシ、大豆の栽培では3月ごろに種を蒔き、10月ごろに刈り入れる。農家は、種まき、刈り入れ、肥料の投入時期など1シーズンに40回ほど重要な決断をしなければならない。情報、そうした決断に使うという。

このサービスでは、現在の天候や予報、解析した作物の生育状況が分かる。肥料の投入の計算も、作業内容や計画の記録も、スマホの上で行える。それを見ながら作業計画を効率的につくっていた。そして作業内容や計画もクラウド上に保管でき、情報を示して農業コンサルタントや他の農家に相談することもできる。ウェンデさんは、当時、ドローンの操作講習を受けていた。データ分析に活用するためだ。

今世界で注目されている農業のIT利用の一例だ。サービスは天気予報などで無料だがオプションでいくつかコースがある。最高額のサービスは月400ドル程度になるが、それをウェンデさんは使っていた。

トラクターは最新型で、1台45万ドル(約5000万円)のものが1台と、25万ドル(約3000万円)が3台あった。後ろの機器を取り換え、刈り入れ、農薬散布、耕作に使う。

こうした技術の組み合わせで作物の単位面積当たりの収穫量は、「10年前に比べて1−2割は増えている。ITを使いこなし、もっと増やしたい」と期待していた。また遺伝子組み換え作物は全ての耕地で使っていた。この時に、ウェンデさんの農地では、全米の平均150ブッシェルを大きく上回る、1エーカー当たり250ブッシェル前後のトウモロコシの収穫高という。

また収穫した作物の販売でも、収益の最大化を考えていた。巨大なサイロ(穀物貯蔵倉庫)に収穫を保管し、シカゴの農作物の先物相場の価格を見ながら出荷をして利益を最大化していた。組合や企業の運営するサイロが多いものの、ウェンデ氏は損得を考えて自分の農場でそれを持った。

同席した現地の農業団体の幹部はウェンデさんの農業経営者としての能力は「州でもトップクラスだが、珍しいものではない」という。

ウェンデさんの息子は30才だが、大学で農業を専攻した後に、家業を継ぐことを決めた。「代々続いてきたし、父親をみて農業は儲かり、面白いと分かったから」と理由を述べた。日本では農業人口の高齢化、高齢者不足が深刻な問題になっている。しかし米国の農家では、儲かり、成長の可能性があるために、若者が引きつけられている。

日米の農業の産業力の違い

もちろん、日本の農家にも、ウェンデさんレベルの能力面では優秀な人はいる。そうした人に何人も会った。しかし全体を見れば、兼業農家で、仕事のついでに農業をする人、やる気のなさそうな農家も多そうだ。農業の専門誌、新聞を見ると、儲ける方法よりも、国への要望に忙しい。

日本では米の先物市場が2020年に農協の反対で潰された。農業団体を中心に、モンサント社(現バイエル)批判や遺伝子組み換え作物の反対キャンペーンをしている。米国農家が強みとしている技術や仕組みの導入を日本の農業は拒否している。江戸時代の鎖国を思い出す。その差と態度に呆れてしまう。世界に遅れる一方だ。

農業が、米国では日本と比べて進み過ぎている。ここで紹介した高性能の農業機器、遺伝子組み換え作物や、情報サービス、IT活用、整備された穀物市場などの技術や産業インフラなどだ。国情や作物が違うとはいえ、日米の農家は、大きな差、違いがありすぎる。産業力に加えて、個々の農家の「儲ける力」「企業家精神」の差が大きすぎる。日本の農業との差に衝撃を受ける経験だった。

石井孝明

経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

2 件のコメント

  1. kfukui より:

    農業繁忙期に中南米からの労働者を短期就労ビザで安く大量に使っている面もあるのではないか。

    • スポンサー・ドリンク より:

      「How American Farmers Harvest Millions Of Tons Of Vegetables(アメリカの農家が何百万トンもの野菜を収穫する方法)」という動画を見て私もそう思いました。私は機械化が進んでいると思って期待して見たので、落差にがっかりしました。日本の外国人技能実習制度と変わらないと感じました。

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