人によるミスを消す努力-東電・柏崎刈羽原発の今(下)

石井孝明
ジャーナリスト

東京電力の柏崎刈羽原子力発電所を視察した。そこで見た同原発の設備面での対策は、「進化する安全対策を見る-東電・柏崎刈羽原発の今(上)」(11月12日)で示した。それに加えて、この発電所では東電の「人に配慮した」安全対策も行われていた。それを紹介したい。

(写真1)稲垣東電柏崎刈羽原発所長らによる朝のあいさつ運動

人間の対応力向上への工夫

同発電所には安全対策のための新たな設備が取り付けられ、構造が複雑になったことは見学者の私でも感じた。それは東電側も十分承知していた。緊急時の操作に混乱しないため、対応力を高めるために、災害を想定したさまざまな訓練が繰り返し行われていた。

まずコミュニケーションをよくする工夫を行なっていた。この発電所の構内で働く人は約6000人、東電社員は約1200人いる。さまざまな企業が集まり、工事、警備などを行なっている。22年秋に赴任した稲垣武之所長は昨年4月から毎日、時間がある限り必ず早朝から正門に立ち、入構するすべての人に「おはようございます」と挨拶しする。そして毎日、発電所の問題などを取り上げたブログを書く。また発電所に役立つことをした人に、所長自筆のメッセージカードを届けている。そのカードの数は5000通を超える。

人の集まる場所では所長のブログ、発電所側のお知らせ、注意喚起事項が大型モニターで共有されるようになっていた。小さな事故は、「ヒヤリ・ハット」と言われる事故に至らない危険事案も含め、関係者が集まって検証、情報を共有していた。イントラネットで、関連会社と東電社員は、こうした情報を閲覧できる。また発電所内では、関連会社や東電の社員が顔を出し、自分の仕事への抱負を述べたポスターが貼られていた。

「顔を出す」広報の意味

広報資料や説明用パンフレットでは、東電や関連会社社員が名前と顔を出し、説明と仕事への責任感、決意を述べる形に変わっていた。以前の東電の資料は「福島事故の反省」が延々と書かれていた。そうした資料が明るい雰囲気になっている。個人を出して広報をするというのは、読み手や情報の受け手に親しみを持たせるためという目的がある。そして働く人に責任感を持ってもらう意味もあるという。

「写真や映像で顔を出して抱負を語るのは恥ずかしいとか、幹部が一生懸命挨拶やカードを出してもヤラセっぽく見えるなどの意見もあった。それでも実行を続けると、ためらいの声が消えて、コミュニケーションが良くなるプラスの面が出てきた」と東電社員は話していた。

確かに筆者が構内を見学するとみんながあいさつを交わし、訪問者である私も「明るさ」「コミュニケーションの良さ」を感じられた。

同原発では、運転員が20年9月、他人のIDカードを使って原発の中枢である中央制御室に不正入室した事件が原子力規制庁の査察で発覚した。東電はその反省から、顔や指紋認証など一段と厳重な管理システムを導入し、従業員の意識改革を続けている。

同発電所の稲垣所長は2011年の福島第一原発事故を現場で体験した。「事故経験者の私が納得できない問題が一つでもあれば再稼働はさせない」と述べ、課題を一つ一つ解決してきた。私を案内した林勝彦副所長は、プラントの隅から隅まで知悉していた。「設備があるから対策はこれで終わりではありません。そこからさらに安全性を高め、進化するためにどうすればいいか、発電所全体で考え努力をしています」という。こうした人の問題への配慮も東電は当然行っていた。

ヒューマンエラーを無くす方法

製造業の管理などで、「ヒューマンエラー」という考えがある。「人間が起こした行動によって起こるミスや事故のこと」だ。具体的には、誤入力や誤操作、認知ミスなどが原因となって、意図しない結果、最悪の場合に事故となる失敗を指す。

これを避ける対策は、作業の機械化・自動化、マニュアルや手順の整備などだ。しかし人間の関与を工場などの生産の現場で完全に無くすことは難しく、ヒューマンエラーの可能性は残ってしまう。これを無くす必要性は、技術が進化しても消えない。

事故防止や安全対策の専門家に話を聞いたことがある。その人によると、ヒューマンエラーの姿は千差万別だが、起きる現場には共通点があるという。それは、「意思疎通(コミュニケーション)が悪いこと」だ。

「ギスギスした職場は、取りつくろっても見えてくる」と、その専門家はコンサルの経験を話していた。ヒューマンエラーは「確認不足」「伝達不足」「思い込み」の3つの原因が多い。当然、働く人の意思疎通が良くないと、これらの問題は発生する可能性は高くなる。

「安全対策に終わりはない。検証し、問題があれば工程を直す行為を繰り返していかなければならない。そのためにコミュニケーションがよく、現場の人々が高め合う、現場の雰囲気が安全性向上の前提になる」。

「昔から言われることの繰り返しだが、働く人々の責任感を、どのように作り出し、維持するかが、ヒューマンエラーの防止の課題だ。『自分がこの組織に属し、その目指す目的を大切にし、自分が積極的に関わる』という当事者意識を作り出すことは生産性の向上だけではなく、事故防止にも役立つ」。このように対策を述べていた。

2011年の東京電力福島第一原発事故の後に原子力規制委員会による規制行政が強化された。そのために、どの日本の原子力発電所も規制に対応する設備だらけになっている。原子力規制委員会による規制は装備を増やせば「合格」という、かなりおかしな姿だ。こうした規制は、人間のミスに配慮した安全対策をしているとは思えない。対策が複雑になり、ヒューマンエラーは起きやすくなる。

そうした規制の問題を乗り越え、東電は大量の設備を管理し、また人間の心の問題からも安全に取り組んでいた。現場でのコミュニケーションを良くする。改善の努力を続ける。そうしたヒューマンエラーを無くす愚直な努力を、東電の柏崎刈羽原子力発電所では続けていた。短い訪問ではあったが、その取り組みの真面目さはうかがえた。

再稼働をめぐる県民の意見は?

柏崎刈羽原子力発電所の7号機について、東電の安全対策工事は終わった。再稼働のためには新潟県知事、新潟県議会、地元自治体、その背後にある国民と新潟県民の同意が必要だ。

「東電は信用できない」。福島事故の記憶が残り、そんな声が県内にはまだ多いと聞く。そのために新潟県と、県議会は現時点(2024年11月)で再稼働を認める動きをしていない。10月末の衆議院選挙では、新潟県では、立憲民主党が5つの小選挙区で勝利した。同党は柏崎刈羽原発の再稼働に消極的で、その際に県民投票を求める議員もいる。

東電は福島第一原発事故を起こした以上、不信があることは理解できる。しかし前回紹介した設備の対応に加え、「ヒューマンエラー」まで配慮した対策を東電は行っている。この事実を、多くの人に知ってほしい。

東電の社員たちは努力によってさらに安全性を向上させようとしている。そして人間の誤りを極限まで減らそうという東京電力の態度は短い取材ではあったが、確かにうかがえた。さらなる安全の向上を求めながら、もう一度、東電に原子力の運用の機会を国民が与えてもいいのではないか。

私個人は、この取材でそんな意見を持ったが、国民の皆さん、そして新潟県民の皆さんはどのように思うだろうか。

石井孝明
経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

コメントを残す

YouTube

石井孝明の運営サイト

ランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

最近のコメント

過去の記事