福島事故原発の処理水、健康に影響なしー10年前の予想通り

石井孝明
ジャーナリスト

2013年10月の提言通り、処理水海洋放出へ

東京電力福島第1原発構内にあふれる処理水を収納するタンク。2017年3月。これがこのままだと溢れてしまう。東電は明らかにしていないがタンクの値段は推定1基数億円になる。海に流せば全てが解決するのに無駄遣いだ。(筆者撮影)

福島第1原発にある処理水が、ようやく2023年中をめどに海洋放出されることが検討されている。それしか解決の方法がないことは以前からわかっていた。風評被害を恐れ、決断をするべきだった政治が萎縮したことで、遅れに遅れた。

私は2013年にエネルギー専門誌などに、この問題を取材し記事を執筆し、それしか方法がないことを指摘していた。当時の記事を現状の2023年のコメントを添えて、掲載しようと思う。長くわかりづらい記事かもしれず恐縮ながら、問題の注意換気のために、掲載したい。

私は、自分が正しかったと自慢する考えはない。10年前に分かっていたことが、なぜ今になって実現できたのか、虚しさだけを抱いている。また当時は汚染水という言葉を使っているが、現状はほぼ水の放射性物質の除去は終わっているので、「処理水」というのが正しい。

東京電力は処理水ポータルサイトを作って、情報を逐一報告しているので、より詳しい情報が必要な人は、そこを見てほしい。

記事「福島原発の汚染水、健康に影響なし−心配なのは国民負担」(GEPR、10月15日)

(以下本文)

事故を起こした福島第一原子力発電所から流れ出る汚染水問題が社会的な関心を集めている。この問題は2020年に開催の決まった東京五輪にも、福島事故の収束にも影を落とす。本当の状況はどうなのか―。

結論から言うと、この問題が大規模な海洋汚染へつながり、人体への健康被害が起こるとは考えにくい。それなのに過重な対策によって巨額の負担が生じ、それを東京電力が背負い込もうとしている。

福島原発事故後のエネルギー・原発政策で繰り返されたように、恐怖という感情が影響して、コストと効果に配慮した合理的な対策が選ばれない愚行が、この問題でも繰り返されそうだ。この状況を変えなければならない。タンクに水が溜まり続けている。最終的には核物質を除去した後で海に流す方法が一番合理的に思える。

◆13年の元記事「オリンピックが絡み政治問題化」の章は省略

【2023年のコメント】オリンピックに絡め、安倍首相が「アンダーコントロール」と2013年に繰り返した。当時、日本の一部勢力が騒いだ。結果として、最近で騒いだのは韓国オリンピック選手団の一部と、日本の変な人だけで、誰も問題にせず、オリンピックは開催された。虚しい、無駄な騒ぎだった。

汚染水、漏れは3ルートと推定

実際の水漏れの対応はどうなのか。汚染水漏れは3ルートと推定される。事故直後には海からポンプで水を浴びせて、原子炉を冷却した。その汚染水が原子炉近くに溜まった。水の大半は汲み出して保管している。しかし原子炉建屋は構造上海につながっていた。この水が残り、漏れている可能性がある。これが第1のルートだ。

また日本はどこも地下水が豊富だ。福島第一原発付近もそうで、毎日1000トン前後の水が事故を起こした4つの原子炉付近に流れ込む。水の動く速度は1日数十センチ程度という。この地下水が原子炉容器から溶け出した核燃料に触れたり、建屋内から漏れた汚染水と混じったりして、海に流れ出ている可能性がある。これが第2のルートだ。

また東電は事故後3カ月後ぐらいから、水を循環させて炉を冷やす仕組みを作り、使った水をタンクに貯めている。約1000個のタンクに貯蔵している。その大半は除去装置で危険なセシウムを取った。東電は安全な水を海に投棄することを検討したが福島県、地元漁協、そして韓国から反発を受けた。そのために、すべての汚染水を保管するという大変な取り組みをしている。

そのタンクの一部が破損し、汚染水が漏れたことが8月に分かった。ただしそこから出る高線量の放射線は遮蔽が容易なベータ線であり、作業員や福島への悪影響の可能性は少ない。これが第3のルートだ。

遮水壁など対策は行われた

現場は放射線量が高いために作業時間が限られ、状況が明確には分からないところがある。ただ流失経路はおおよそ分かり対策が打たれている。

東電は決して無策だったわけではない。「水との戦い」と、東電幹部は事故処理を振り返る。そして徹底した取り組みを行っている。地下水を流入させないために、山側に井戸を12本堀り、水を抜き取る予定だ。そして海側には外洋に水を出さないために、海側と事故原発の周囲に遮水壁を建設中だ。また数カ月以内にはセシウム以外の他の核物質を取り除く装置を稼動させる。これによって汚染物質はほぼ除去される見込みだ。

(図1)福島第1原発の遮水壁計画

東京電力の遮水壁建設計画。これが計画どおり建設され実行され、海への汚染水流失は止まった。(2013年時点の資料)

そして政府は問題に介入した。オリンピック決定前の9月に470億円を予備費から財政支出して、事故炉の山側に遮水壁を建設することを安倍首相自らが表明した。

この壁では杭を打ち、そこから特殊冷却剤をしみ出させて、地中に凍土の壁をつくる特殊工法を採用した。地中の地形が複雑であるために、氷の壁で水を遮断する。ただし総延長約4kmの内陸、海側双方の壁の完成まで約2年の予定だ。(写真、図参照)

東電の姉川尚史常務(原子力担当)(当時)に現状を聞くと、「状況はよい方向に向かっている。原因がほぼ分かり対策が決まった。あとはそれを実行したい」という。しかし、ここまで徹底した対策を行う必要はあるのだろうか。それを聞くと、「私たちが事故を起こした。その責任を果たしたい。福島、そして多くの皆さまに迷惑はかけられない」と答えた。

【2023年のコメント】1・第1のルート、事故処理に使った水については、ALPSという放射性物質の除去装置が本格稼働し、また全ての水を汲み出し、水の放射性物質はほぼ除去された。2013年の記事に書かなかったトリチウムが問題になっているが、これは人体に特に影響はない。

2・第2のルートは、流れ込む地下水を手前で抜きとり、遮水壁が完成したことで、抑制された。遮水壁は、効果はそれほどなかったようだ。

3・第3のルートは処理水をタンクを新しく大きく頑丈なものに建て替えた。原発構内はタンクだらけになっているが、安全性は高まった。タンクは高さ十数メートルの巨大なもので、値段は東電は公表していないが1基数億円と見込まれ、約1000基建設されている。

4・また周辺の整備によって放射線量は低下して、周囲で作業はできるようになった。状況は、「アンダーコントロール」になっている

福島の海の放射能汚染は、ほとんど観察されない

文部科学省は、海洋生物環境研究所(東京)などに委託して、事故前から全国の原発周囲の海水、海底土及び海産生物の放射能の調査を続けている。それによれば、福島沖の海水での放射性物質の濃度はセシウム137で現在、1リットル当たり0.01ベクレル(Bq)以下で緩やかに低下中だ。濃度は現在の飲料水の基準である同10Bqよりはるかに低い。これは放射性物質が広い海で拡散していくためだ。

ただし事故前の放射線濃度は同0.001-0.003Bq程度を推移しており、それよりも濃度は上昇している。また事故直後の11年4月には、一部の観測点の海水面で一時、同194Bqと高い濃度を記録している。

海水中の核物質は海洋生物に影響を与え、それを食べると健康被害がでる可能性がある。福島沖で試験採取される海産物の放射線量は、現在の食品の安全基準「1キログラム当たり100Bq」を大半が下回る。ちなみにEU(欧州連合)諸国では同300Bqを採用する国が大半で、日本の基準は世界的に見て厳しい。

この濃度を過去と比べてみよう。図表は学術誌に掲載の北西太平洋の海水のセシウム137の濃度の推移だ。1963年に部分的核実験禁止条約が発効し、50年代から各国が太平洋で繰り返した核実験が行われなくなった。そのために海水の放射性物質の濃度は、80年まで行われた中国の核実験や86年のチェルノブイリ原発事故をのぞき、緩やかに低下している。2011年の福島事故の影響、汚染水の影響はグラフからは読み取れない。つまり海は福島事故があっても、放射性物質にそれほど汚染されていない。

(図2)北西太平洋の海水のセシウム137の濃度

出典‘Cesium, iodine and tritium in NW Pacific waters ; a comparison of the Fukushima impact with global fallout‘ Biogeosciences, 2013.(一部加筆)

現在の福島沖の海水の放射性物質の濃度は1ℓ当たり0.01Bq以下で、過去と比較すれば1970―80年代の程度だ。この時期に海洋を利用したり、海産物を食べたりしたことで、病気が増えたということはない。

同研究所の日下部正志博士は次のように分析する。「放射性物質の海洋汚染では、海洋生物の汚染、それを食べることによる健康被害という順番に影響は起こるだろう。福島の調査の継続と警戒は必要だが、現状のデータを見る限りは、海洋汚染で健康被害が起きることは考えにくい」。

福島原発が11年3月のように状況を完全にコントロールできない危機的な状況にない以上、これから放射性物質が大量流出して、海が危険なほど汚染される可能性は少ないのだ。

【2023年のコメント】北太平洋の放射性物質の濃度は低下し、2022年には事故前の1リットルあたり0.001−0.003Bq前後になっている。10年前から、放射能の海への汚染はほぼなく、希釈されたためだろう。東京電力が処理水ポータルサイト作って海洋の放射性物質の濃度の状況を公開している。またこの処理水で東電は魚などの養殖をしているが、その魚の体で放射性物質の異常値などは出ていない。不安感を持つ人がいることは理解するが、それを闇雲に吐露するのではなく、この事実を直視した上でコメントしてほしい。

コストと効果の検証が必要

(コメント・以下結論部分を要約する)

汚染水問題をめぐるこうした情報を集めると、「おかしい」と常識を持つ人なら誰もが疑問を持つはずだ。

現在は政府管理下にあり経営状況が厳しい東電が、過重な汚染水の防護対策を選択している。そして、それは東電の経営の負担になる。放射性物質を「完全ブロックする」という完璧さを追求して巨額の費用がかかる対策を、私は資金面から実現可能なのかと不安を感じるし、必要なのかという疑問を抱いてしまう。

もちろん放射性物質で海を汚すことは、心情的にも、倫理的に許されないとする人がいることは理解できる、事故による放射性物質は可能な限り閉じ込めることは当然だ。しかし、対策の見返りとなるメリットが得られると、私には思えない。

以下は筆者の私見で実現が難しいことは理解しているが、汚染水を海に流すという選択肢はある。福島県によれば県内漁港の水揚げ高は2010年に約100億円だ。金銭面だけで考えれば、安全性の確認された水を管理しながら海に流して、その金を補償をした方が、総対策費用は安くすむはずだ。

汚染水問題は、即座に日本に住む人々に健康被害の出るほど切迫したリスクではない。技術、コスト、効果の点で不確実性のある対策については、その実施前に、慎重に検討をするべきであろう。そして科学的なデータに基づき、合理的な対策を検討すること、さらに東電ではなく国が前面に出て、政策の実現に向けて関係者と調整をすることが必要であると、私は考える。

【2023年のコメント】東電の福島第一原発の廃炉費用は水の処理費用も含めて、2022年度末までに11兆円の巨額になっている。これは東電が負担したが、結局は国民の電気料金に添加される。この10年前の懸念が現実になってしまった。そして海洋放出ができないために、処理水は約1000のタンクに溜まり続けている。コストは1基数億円と見込まれる。過剰に安全に配慮するだけではなく、無駄なことをしない合理的な行動が、福島事故の対応に必要であったと思う。

ようやく、10年前にはわかっていた、処理水の海洋放出が進む状況だ。この記事を含め、冷静で適切な情報を得て、変な風評に惑わされないようにしたい。

残念ながら、この問題を長期化して補償額を高くする漁業関係者、問題をこじらせて政府批判をしようとする政治勢力、ただ政府を批判したいメディアがいる。そうした声の影響力を限定させ、淡々と合理的な対応を進めるべきだ。

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