電力改革は「巻き戻し」「脱・脱炭素」に変われ

石井孝明
ジャーナリスト

失敗した電力改革

(イメージ)日本の電力改革はうまくいっていない(iStock/ipopba)

原稿を執筆中の1月24日、近年有数の寒波が来ている。それなのに、政府は昨年の節電要請を出したまま。しかも電気料金はモデル世帯(2人強、東京電力管内、やや全国平均より高め)で月約1万円となり、2年前から月4000円程度上昇した。全国民が寒さの中で、高く、不安定になった電力を使っている。なぜみんな政府に怒らないのだろうか。

なんでこうなったのか。外的要因として、ウクライナ戦争、円安、エネルギー価格の昨年からの上昇傾向という問題はある。しかし根本は2012年から始まり2022年に一応完了した、電力・エネルギーシステム改革の失敗だ。始まる前まで電力は安定的に供給され、価格も抑制されていた。そこに2011年の東京電力の福島第一原発事故の大失敗があった。関連する問題だけを直せばよかったのに、なぜか全体をいじって、おかしくなった。

経産省資料

民主党政権と菅直人氏(当時の首相)が始めた「人災」が今に続いている。しかし、それに同調した経産省、直さなかった自民党・公明党の連立政権も問題だ。

私は昨年に経産省首脳が「電力改革は失敗だ」と明言しているのを聞いた。それにもかかわらず、岸田政権は「グリーントランスフォーメーション(GX)で、2050年のカーボンゼロと150兆円投資の実現」などと、夢のようなことを言い始めている。(批判した、&ENERGY記事「三浦瑠麗ではなく、GX国債20兆円増発を警戒せよ」)重病の人を治療もせずに走らせるようなものだ。政権中枢は頭がおかしいのではないか。

やや専門的になり、話のテーマが大きいが、短く、できるだけわかりやすく主張と対策をまとめた。

再エネ異常優遇などの対策が全て裏目に出る

かなり要約して説明すると、2022年に完成したとされる電力システム改革は、以下の取り組みを行った。

1【電力自由化】それまで電力は地域独占・供給義務・総括原価の3点セットの義務と権限を課せられていたが、その義務は無くなった。参入・退出が理屈の上では自由になった。そして既存電力は巨大すぎ自由化に有利すぎるということで、発送電分離が行われた。

2【原子力発電所の規制強化】世論を背景に脱原発論が2011年当時に広がった。厳格規制を行い、それで原子力を存続させた。

3【再エネの異常優遇】電力料金に上乗せして補助金を徴収し、それで再エネの電気を買う、優遇策を入れた。菅直人氏は原発の代わりにすると当時、騒いでいた。

4【脱炭素化】気候変動対策の欧州の政策や世論に追随し、石炭火力の中止などを政府が促した。

この4つが絡み合って悪影響の方が多くなってしまった。

電力はITと違い、簡単に参入・退出ができない

電力自由化で既存電力の収益が悪化した。かつては将来の投資の一定額を電力料金に含める「総括原価方式」と呼ばれる価格設定ができた。それができずに、新規投資が抑制された。電力は初期投資が巨額で固定費が大きいため、ITのように簡単に参入できない。投資額のかかる発電と送電の新規参入は、前者が少し、後者が皆無だった。競争が起きないので期待された価格の低下、サービスの向上はなかった。

供給のための新規発電所や送配電のコスト負担が問題になった。新規参入した再エネ発電事業者、小売り事業者に、電力網の負担をさせる案が浮上したが、事業者は自民党再エネ議連などを使ってロビイングを繰り返し潰してきた。ようやく固定投資を価格に組み込んだ電力を取引する容量市場が2020年度から動き出したが、取引は活発ではない。

安く大量に発電できる原発が使えないために、電力会社はその維持に苦しんだ。そして新規の火力建設が脱炭素のために抑制された。不安定な再エネに対応するため、電力会社は発電設備をつけたり消したりする非効率な運営を迫られている。脱炭素のために、安い石炭火力は作れない。電力は供給不足に陥った。

補助金で再エネを増やし、原発を使えないようにして供給を歪めているのに、自由化と電力取引市場の活用、競争を強制している。そのために価格の形成は歪んでいる。経済学を学べば、一瞬でおかしな市場システムであると理解できるだろう。

温室効果ガスの排出は10年前から微減してるが、これは日本の製造業の衰退の影響が大きい。ガス排出ゼロの原発を使えばもっと減ったはずだ。

電力価格が乱高下するために、700社参入した新電力のうち70社ほどが破綻か撤退した。既存電力は経営が悪化。電力利用者は電力価格の上昇に苦しみ、不安定供給に困っている。誰も利益を得ていない。私が電力システム改革を「失敗」と言ったことに、事情を知れば多くの方は同意するだろう。

うまくいっていた時代に「巻き戻す」

どうすればいいのか。エネルギー研究者の杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹に聞いたところ「全部、2011年前に巻き戻し、そこからゆっくり変えていけばいい。もちろんそんなことはできないが。GXなど大規模に今すぐやるべきではない」と話していた。全面的に同意する。

全てをすぐに巻き戻すことはできないが、方向としてはそれが妥当だ。安定供給と価格抑制ができていた状況に戻すのだ。今は非常事態だ。GXなどということに新しく金を使うことは言語道断だろう。

日本が10年ほど、脱炭素政策を棚上げしても、気候変動の影響は変わらない。「脱・脱炭素」を宣言して一時猶予するモラトリアムを行う。安い石炭火力で電源を確保する。(実は今、電力会社がやっている。) 電力システムを不安定にする再エネの増加策は一時停止し、原発を動かしやすくする。これで危機はある程度脱せる。そして、完全に昔に戻すのは無理だろうが、一時的に止めるのはそんな難しいことではない。余計な政策を行わないだけだ。状況は変わる。

グリーントランスフォーメーション? できるわけない

いま必要なのは、エネルギー問題の論点を整理し、優先順位をつけることだ。制度設計の見直しはほぼうまくいっていた、2011年3月前に戻すことだ。

岸田政権は、それとは真逆の方向に走り出しそうだ。浮ついた「100年後の地球を守れ」とか、「GX」などという話ではなく、今そこにある、電力価格上昇を止め、供給不安をなくすことを考えてほしい。これは政治と行政の役割だ。それが国民の生命・財産を守り、日本の製造業、電力産業を維持することにつながる。

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