山際大臣辞任の影響、緊縮財政と原発活用足踏みの懸念
旧統一教会(世界平和統一家庭連合)問題を巡る騒動が、財政とエネルギー政策に影響を与えるかもしれない。安倍氏に近い政治家には積極財政と原子力活用を訴える人が多かった。25日に辞職した山際大志郎経済再生担当大臣など、その人たちの影響力が低下しているためだ。
7月の参議院選挙前に、ある仕事で自民党国会議員7人に取材した。その取材を活かしながら、今後の影響を考えたい。ただし選挙後は国会議員に取材していないため最新情報ではなく、憶測が増えた記事であることは、事前にお断り、お詫びさせていただく。
目次
亡くなる直前の安倍氏の関心は外交、エネルギー、財政
安倍晋三元首相は亡くなる直前まで政治上の会合で、第一に外交・安全保障問題、第二に積極財政、第三にエネルギー危機対応と原子力の活用の3つを話題にしたという。ちなみに安倍氏は自分の影響力の大きさと気配りの人柄からか、そうした内輪の議員の会合では、他人や他政党の批判よりも政策論を好んだそうだ。
また安倍氏は次世代原子炉に関心を寄せ、2021年4月に発足した自民党の「最新型原子力リプレース推進議員連盟」という議員連盟の顧問となった。この議連の会長は、安倍氏に近い稲田朋美衆議院議員(福井、安倍派)だ。同議連の設立総会で安倍氏は、リプレース(旧型炉置き換え)と新型原子炉開発をこれから支援する意向を示し、「国力を維持しながら、国民あるいは産業界に低廉で安定的な電力を供給していくというエネルギー政策を考える上において、原子力にしっかりと向き合わねばいけない」と述べた。
安倍氏は首相在任中に、現在の政治での重要なテーマである経済安全保障に積極的に取り組んだ。しかし民主党政権で始まった電力システム改革、厳格な原子力規制政策をそのまま受け入れ、手をつけなかった。福島事故の影響が残り、政治的に難しかったためだろう。ところがその結果、原発の長期停止は続いて電力は供給不足に陥っている。化石燃料価格もこの1年上昇した。ある自民党の非公開の会合で、安倍氏はエネルギー問題を「やり残した」と述べたそうだ。分かっているなら、首相在任中に対応してほしかったと思う。
こうした一連の安倍氏の活動を見て、選挙後に安倍氏が自民党のエネルギー改革を巡る動きの中心、旗頭になると議員たちは、参議院選挙前に予想していた。
当初の岸田政権は「安倍色」の経済チーム
21年9月に発足した岸田政権では当初、人事的に安倍氏と関係の深い議員が要職を占めていた。発足時に甘利明衆議院議員(神奈川、麻生派)を自民党幹事長(のち21年10月の衆議院選挙の小選挙区落選・比例復活後に退任)、政調会長に高市早苗衆議院議員(奈良、無派閥)が就任した。2人は安倍氏に近く、いずれも積極財政派であり、原子力とエネルギーの安定供給を重視している。また経済再生担当の内閣府大臣に甘利氏の側近の山際大志郎議員(神奈川、麻生派)が就任した。
さらに甘利氏、高市氏は自民党人事を決めたが、党の機関である経済産業部会長に石川昭政衆議院議員(茨城、無派閥)、「原子力規制に関する特別委員会」の委員長に鈴木淳司衆議院議員(愛知、安倍派)を選んだ。2人とも原子力活用派で、共にそのための文書や決議を多く出した。
しかし選挙の前に「岸田首相と安倍元首相は経済政策をめぐって対立するのではないか」(自民党中堅衆議院議員)との自民党内で噂されていた。長期的な財政の均衡を目指す岸田氏と、積極財政を唱える安倍−甘利−高市ラインの間で考え方の違いがあった。安倍氏に近かった防衛省の島田和久前事務次官の退任に際しても、安倍氏と岸田氏は対立した。
岸田首相は、自分の出身派閥である宏池会と、同派の財務省出身の2人の衆議院議員、木原誠二官房副長官(東京)、村井英樹首相補佐官(埼玉)、首相秘書官で元経済産業事務次官だった嶋田隆らに経済政策の中心を移したがっていると、選挙前に多くの議員らは予測していた。
歴史の因果? 安倍派が統一教会騒動で自壊
ところが情勢は、安倍氏の死とその後の統一教会騒動で転換する。関係が深いと名前が浮上したのは、安倍派(清和政策研究会)の有力議員が多かった。細田博之衆議院議長、萩生田光一自民党政調会長などだ。
もともと安部派には、経済安全保障やエネルギー問題に関心を寄せる議員が多かった。同派は福田赳夫元首相が作った政策グループだ。福田氏は1976年から78年まで首相に在任したが、その前後に台湾との関係を深め、さらにエネルギー安全保障に関心を向けた。そして原発の立地を後押しし、福井や青森など、その地域の地方議員の国会議員転出を後押しした。「世代は変わったものの、福田赳夫氏が目をかけた議員の二世や後継者が多くなり、清和会は党内の中で、原子力推進、経済安全保障重視の人が目立つようになった」(同派中堅議員)という。また福田氏は、反共と親台湾を主張したため、統一教会がすり寄ってきたのだろう。
対照的に、福田氏と対立した大平正芳氏の派閥で岸田首相も属する宏池会で、統一教会への関与議員は少ない。共産主義国家の中国との関係を重視し、リベラル色が強いためだろう。そして宏池会は赤字財政を大平氏以来問題視し、岸田氏もその考えを継承している。福田赳夫氏は財政均衡に固執しなかったが、安倍氏は積極財政を主張している。そうした歴史の因果が、今に影響を与えてしまったのかもしれない。
安倍氏の不在と安倍派の力の低下が重なったところに、甘利氏の側近であった山際氏が辞職した。山際氏は統一教会問題では「記憶にない」を繰り返す醜態を見せた。しかしエネルギー問題の是正の中心になってきた人で、その面では評価されていた優秀な議員だ。甘利氏は、政府のエネルギー・経済政策に影響を与えてきた重鎮議員で、安倍政権でも経済担当として大きな役割を担っていた。この2人の力も低下するだろう。
岸田首相の自民党内での対抗勢力になりそうな存在が、統一教会騒動で自壊してしまった。岸田氏は、参院選挙後の人事で露骨に安倍派外しはしなかったが、同時に山極氏や安倍派を守った形跡もない。自分に有利か状況が訪れるのを、待つためかもしれない。
同じ政党である以上、岸田氏と安倍氏側近グループの経済政策には、それほど違いはないだろう。ただし岸田氏は自ら積極的に何かをするのではなく、調整型の政治家だ。その岸田首相の不作為の政治の結果、官僚の勢力が強まるだろう。すると安倍政権以来続く財政の拡大路線がとまり、また原子力活用や電力制度の検証が足踏みする可能性がある。
ただし、岸田政権の先行きが怪しくなっているので、岸田首相が党内で主導権を得てもそれを経済政策に活用できるかは不透明だ。
もちろん大多数の国民は、こうした国政の人事は、自らの仕事や生活には無関係だ。しかし政策の微妙な転換がある可能性を頭の片隅に入れ、ビジネスなどの行動の参考にしていいはずだ。
付け足し・日本の政治報道の無意味さ
以下は付け足しの感想だ。私は経済記者として活動してきた。その視点からすると、日本のメディアの政治報道が、変で無意味だと思うことが多い。政治記者も属するメディアも、「政策」ではなく、政治家の集合離散や権力闘争、スキャンダルとその影響の「政局」の報道が大好きだ。
そういうことで政治が動くこともあるだろう。しかし、そればかり報道して、大事な政策の話がなおざりにされている。統一教会騒動を熱くメディアが報じているのは、その典型だ。こうした報道の姿勢は政治家自身や、政策ウォッチャーもうんざりしている。低い政治報道の質は、日本の衰退や政治文化の未熟さの一因であると思う。
私が政策取材をしたり、ロビイングを手伝ったり、政治を見聞した限りでは、政治家の関心の中心は政策だ。もちろん人事も選挙にも関心があり権力闘争もしているが、それらだけで動く政治家は見たことがない。日本をよくするという思いを、政治家は誰もが持っている。日本の政治報道は政治家を矮小化しているのだ。
旧来型の政治報道ではこうした視点からの情報の分析が少ないので、この論考で試みてみた。
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