原子力復活、それは「まぼろし」だ

石井孝明
ジャーナリスト

「原子力復活」。雰囲気が沈みがちだった原子力関係者から、最近はこんな前向きの言葉を聞く。世論の原子力への態度で容認が増え、政府も原子力の活用を昨年から唱える。ところが記者として取材・分析すると、政府発のスローガンは内実を伴わず、問題は何も変わっていない。日本の原子力産業の先行きは、全く楽観できない。

(写真1)東京電力福島第一原子力発電所の事故を起こした1号炉。カバーをかける工事(22年6月、東京電力提供)

中身のない期待が先行

「すばらしき新世界」(Brave New World)。シェイクスピアの戯曲「テンペスト」の一節に基づく英語の慣用句がある。「新たな始まりに見えたのに実は何も解決していない」時に使われる。ヒロインが新しい幕の最初にこのせりふを述べるが、消えたはずの過去の敵や、しがらみが再登場して主人公の邪魔をする。

政策転換を喜ぶ原子力関係者の話を聞きながら、私は「すばらしき新世界」という言葉を思い出している。日本の原子力は、新たな局面に入ったように見えるものの、現状は何も解決していないのだ。

勘違いが起こった理由は、政策転換の政府による掛け声だ。日本政府は2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故の後で、原子力について推進か縮小か、あいまいな姿勢を取り続けた。ところが今月(2022年5月)に政府提出による「GX推進法(GX:グリーントランスフォーメーション、脱炭素化)」が成立した。昨年末に決まった「GX実現に向けた基本方針」(GX戦略)を具体化する法律だ。この戦略で「原子力の活用」がうたわれた。これは原子力にとって朗報だ。

「新しい資本主義」と言って、2021年に発足した岸田政権だが、経済政策の具体策がない。そこで岸田首相は、経産省主導のこの政策に飛びついた。

ところがGX戦略の詳細を見ると具体性がない。原子力と再エネ、水素をいずれも推進するという。原子力の活用は記されたが、主役ではない。それなのにメディアや野党が政府批判の中で変な強調をした。

また同戦略では今後10年間に、官民合わせて約150兆円の脱炭素投資を行なって、日本経済を変える目標を掲げる。財源として国債増発、排出権取引制度、炭素価格の設定と炭素税の導入によって国が約20兆円を確保し、その資金で「GX推進機構」という公的団体が重要産業に投資をする。細則は2025年までに作る予定で、内容は現時点ではあいまいだ。

こうした役所主導の投資はたいてい失敗する。GX政策の先行きそのものが心配だ。そして他人の意見を聞きすぎる岸田文雄首相が熱心な政策らしく、支援産業を絞り込まずに22産業を支援する総花的なものだ。原子力は支援対象とはならず、「次世代革新炉」というテーマで入る。具体的な支援のプロジェクト、金額も打ち出されていない。政府のGX戦略の中で、原子力は埋もれている。

(写真2)福島第一原発を視察する岸田文雄首相(21年10月、東京電力提供)

自由化失敗、厳格規制の見直しは手付かず

今の原子力の停滞を招いている要因は以下の3つと、問題に詳しい人は共通の認識を持つだろう。第一に東電事故の影響による厳しい世論がある。第二に電力自由化で資金が確保しづらくなり原子炉建設、研究に革新資金が回りづらい。第三に厳しい原子力規制で、関係企業がその対応に追われ新しいことができない。これらの三点だ。いずれも解決していない。

世論は少し原子力容認に変わった。ウクライナ戦争による安全保障への関心の高まりが影響した。また、ここ数年夏冬に起こる電力不足騒動、そして21年から続く電力・エネルギー価格の高騰が、一般の人々に原子力の必要性を認識させた。各種世論調査を見れば、原子力再稼働を認める声は半数以上となった。しかし米仏のように原子力を活用すべきという意見が、世論調査で6-7割の支援がある国とは違う。世論に配慮して、政治も行政も踏み込んで原子力推進の声をあげる人は少ない。

原子力規制では安全審査の遅れが目立つ。5年ほど前まで続いた審査での大混乱の状況は多少改善したが、規制当局の過剰と言える設備設置の要求と対応工事、地震動問題での一部プラントの再稼働の遅れはまだ続く。規制合理化の議論は政府や自民党内にあるが、政治的な手間のかかる法改正にまだ踏み込めない。

そして電力自由化の見直し論は政治・行政で出ていた。「自由化は失敗した」。自民党の有力議員で、経産省首脳だった政治家が、オフレコで昨年末に私に語った。ところが、その機運を電力業界自らが壊した。大手電力による販売のカルテル問題、顧客情報の不正閲覧問題が相次いで発覚した。それで見直しの動きは止まってしまった。電力業界は、自爆してしまったわけだ。

確かに電力自由化は、東電事故の直後に拙速に決まった。しかし電力業界は世論に配慮し、問題があるのに反対しなかった。今さら自らルールを破ることに正当性はない。

国際競争は厳しく、革新原子炉の熱意に疑問

国際競争ではどうか。ウクライナ戦争の後で、中国・ロシアの側と自由主義陣営に世界は二分されつつある。西欧・東欧などで両国は締め出されたが、中南米、中東、アフリカで原子力発電所の建設を行っている。経産省資料(2022年9月)によると、世界では原子炉50基が建設中で中国企業が14基、ロシア企業が14基を作っている(両国国内を含む)。日本企業は建設中が国内は、福島事故以来、建設中の島根、東通、大間各原発の3原子炉の工事が止まったままで、海外での受注確定の案件はない。この建設数の差は、技術力の差となって現れてくるだろう。

新型革新炉の期待は盛り上がっている。慈善事業家で大富豪のビル・ゲイツ氏などの参加で、世界的に関心が高まっている。日本でも3企業グループが革新炉開発構想を21年に相次ぎ打ち出した。期待が先行しているが、前述の電力会社の経営悪化、そして規制対応の遅れで、まだ計画の具体化は見えない。

問題は何も解決していない

つまり、原子力を掛け声だけが広がるが、状況は大きく変わっていない。

部外者の記者の無礼な感想で恐縮だが、日本のエネルギー・原子力関係者は、まじめでいい人が多い。しかしエリートが多く、良くも悪くも野蛮さが足りない。秀才らしく受動的で、政府や社会という外部の変化に一喜一憂しがちだ。「やってやるぞ」。取材で出会ったベンチャー経営者は、こんなエネルギーに満ち、原子力界の行儀良さとは対照的だ。

「私たちがやる」。かっこいいことを言う原子力界のOBたちがいた。期待して手伝おうとしたら行動が、あまりにも古く滑稽すぎた。このネットの時代に、「上から目線」で反原発を批判する印刷物を作って配布し、保守系文化人の講演会を行って「原子力はすばらしい」と叫ばせていた。当然、そんなものは誰も読まない。それどころか、その行動は反原発派の無駄な反発を受けていた。がっかりして私はそこから離れた。

原子力界の秀才たちは、政府など、誰かに頼ってばかりで、何も自分で生み出せないのだ。米国では今、ビル・ゲイツ氏が新型原子炉作りに、自分が数10億ドル単位の出資し、自らの手で状況を変えようとしている。これを見ると、対照的に日本のエリートたちの頼りなさが目立つ。

私は原子力技術が日本に必要と思うし、それを支える電力産業、原子力産業を応援している。しかし日本ではこのままでは原子力は、産業としても、学問としても、技術力でも、先ぼそりするだろう。原子力をめぐる追い風も間もなく終わりそうだ。具体策については今後、提案を続けていくが、原子力に関わる人の奮起がないと、状況は厳しい。

石井孝明

経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

6 件のコメント

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