広島サミット、気候変動で進展なし

石井孝明
ジャーナリスト
(写真)広島G7サミットと各国首脳(内閣府)

先進7カ国首脳会議(G7)広島サミットが5月21日に閉幕した。ウクライナ戦争と核兵器廃棄の誓いに注目が集まって、エネルギー問題は関心を集めなかった。そして内容も、気候変動やエネルギー問題の宣言では、EUの主張に日本が抵抗し、過激さのない穏当な内容になった。成功とも言えないけれども、失敗でもない。私はこの曖昧さは悪いことではないと思う。

主役はゼレンスキー・ウクライナ大統領

サミットは、ウクライナのゼレンスキー大統領が訪問したこと、核保有3カ国を含むG7首脳が原爆慰霊碑に献花したこと。この映像が印象に残った。そして中国、ロシアと自由陣営の分断を印象付けた。

昨年2月にウクライナ戦争が始まり、そして新型コロナウイルスの世界的流行が一服する中で、初めて対面で大規模に行われるサミットになった。この会議でウクライナ戦争と政治に関心が傾くのは当然だ。ただウクライナ戦争ではエネルギー輸出国のロシアが当事国であるために、その資源を今後使わないことも重要な論点になった。

また日本は議長国で独自色を出そうとした。「各国・地域ごとに条件が一様でないと認識した上で、実効的な対策をうつことが重要だ」。20日の気候変動問題の討議で、岸田文雄首相は強調した。化石燃料の利用では、米、日が存続、EUが過激な全廃の主張をしていた。日本は水素、アンモニア利用を他国より熱心に進めていた。各国ごとにでそれを熱心に進め、全廃が目標とされる化石燃料の利用でも、結果は曖昧にしたる日本と、欧州、米加の間に差があるために、それを指摘した発言だ。

そして首脳宣言ではアンモニア、水素の利用など日本の主張が盛り込まれた。化石燃料、特に石炭火力の全廃の期日を指定するなどの過激な主張は盛り込まれなかった。

気候変動・エネルギー関係で、G7広島サミットで決まったこと

首脳宣言では、気候変動・エネルギー問題で以下のことが取り上げられた。全66の項目のうち、気候・エネルギーへの言及は18項から27項までを占める。

▼石炭などの化石燃料については、長期的に減らすことが確認された。しかし期限が設けられず、電力部門で2035年までに大半を脱化石にすると言うことにとどめた。昨年のサミットからほとんど進展がなかった。(宣言25項)

▼日本が他国に比べて活用が進んでいる水素に加え、アンモニアも利用が書き込まれた。(同)

▼「35年まで、または35年以降に」というあやふやな期日目標だが、小型車の新車販売の大半、35年までに乗用車の100%を排出ゼロ車両にすることで、運輸部門の二酸化炭素排出量を半減することが盛り込まれた。(19項)

▼気候変動のため気温上昇を産業革命以来の1.5度上昇に抑制する。そのために50年に温室効果ガス排出を実質ゼロにする。こうしたCOP(気候変動枠組み条約締約国会議)で掲げられている目標の達成が誓われた。(18項)

▼エネルギーでの脱ロシアのための取り組みが強調された。(25項)

▼洋上風力、太陽光を引き続き拡大する。一方で、天然ガスの開発は支援する。(26項)

▼原子力の平和利用は拡大し、協力国のサプライチェーンを再強化する。(同)

▼G7では今、気候変動枠組条約締約国会議(COP)で揉め始めた、先進国による途上国への資金援助の話は出なかった。

このような内容だった。

京都議定書の苦い経験が生きる

このサミットの結果について、気候変動をめぐる外部からの論評は少なかった。朝日新聞は気候変動にテーマを絞った論評はなし。この問題への関心のなさを反映している。共同通信は、この曖昧さについて、「日本は押しとどめられた」「先進国の責任放棄」などの批判が出た。ただ私はこの「変な言質を取られなかった」という点で、日本にとって良かったと思う

ウクライナ戦争以降のエネルギーを巡る混乱は一服し、価格の乱高下も今年5月には1バレル=70ドル台で推移している。しかし、戦争の結末は見通せない。つまりロシアとエネルギーの関わりが将来どうなるかわからない。表面的に西側各国はロシアとの関係を絶っている。しかしロシアからインドなど第三国を通じた輸出が増え、原油貿易が見えなくなっている。つまり表面的に安定しているものの、エネルギー情勢は不透明さを増している。こうした中で、「大きなことは何も決めなかった」というのは、実は「行動の自由を確保した」という意味を持つ。

今回のサミットでは石炭火力や化石燃料の廃絶に関して期日を決めるなど強い取り決めをする、ロシアや中国にもっと強硬な姿勢をエネルギー面で採用するなどの選択肢があった。その問題で無理に合意を取りまとめなかった。

「京都議定書の失敗」。官から民まで、日本のエネルギー関係者には、こうした認識がある。気候変動をめぐる1997年の京都議定書を、日本は議長国として取りまとめた。削減数値目標などの義務を負った。そしてアメリカが抜けるなど、その体制が崩壊する状況の変化をしたのに、最後まで残らざるを得なくなった。日本だけが削減義務を履行し、排出権購入などの負担を負ってしまった。

今回のサミットでは、日本政府は同じ失敗を繰り返さなかった。

民間には脱炭素の動きは追い風に

エネルギー問題は政府の合意だけでは解決しない。民間企業による財やサービスの提供が必要だ。サミットで非現実的な合意文書を作っても、電力、ガス、石油や、設備メーカーといった日本の産業界がついていけなければ意味がない。今回の首脳宣言は、脱炭素に強い日本の産業を応援する文言が散りばめられ、それほど産業界に負担を与えるものではなかった。

特に、エネルギーのサプライチェーンの強化がG7の共同の課題となった。日本の産業界はこの分野で「ものづくり」の強さがまだあり、財やサービスが提供できる。将来の需要が期待でき、ビジネスの後押しになるだろう。

日本は今、エネルギーでは国際情勢では「様子見」、国内では「建て直し」の時だ。東日本大震災の余波としてまだ続くエネルギーシステムの混乱を修正する時だ。原子力発電所の再稼働や、電力自由化による失敗を修正し、電力システムを立て直す時であると思う。それにしてはGX(グリーントランスフォーメーション)政策などと、岸田政権と経産省・資源エネルギー庁は、カタカナ言葉の浮ついたことを言っている。彼らの舵取りには少し不安だが、サミットでは大失敗はしなかった。

私たち一般人には、サミットで作られた流れを、自らの利益に役立てることが重要だ。関係して打ち出される政策に乗って、ビジネスを進め、気候変動の抑制と地球環境の改善にも貢献できる可能性がある。

相場格言に次のようなものがある。「パーティを楽しみなさい。しかしお酒のある場所に近づきすぎず、出口の位置を忘れないように」。つまり儲けの機会を逃すのは愚かだ。しかし酔いすぎる、つまり過剰に入れ込んでおかしくなったり、出口を忘れる、つまり逃げ出せなくなることだけは避けろという意味だ。同じことが、気候変動・エネルギー問題でも言えないだろうか。

気候変動、エネルギーで世界中が脱炭素に熱くなっていた。それがロシアの行為で冷やされた。今は誰もが、どうしようか思案をしている最中だ。しっかり儲けを稼ぎながら、そして熱くなっている人を利用しながら、日本は国の政策でも、企業の行動でも、個人の生活でも、柔軟に行動を変えられ、冷静に様子見をするべき時であると思う。そして日本の産業界は、技術力に優れ、気候変動・エネルギー問題に向き合い、同時に利益を得ることもできる。サミットを見るだけではなく、作られた流れを利用するべきだろう

石井孝明

経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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