メディアが嘘で福島を壊した−原子力デマが信じられた理由(下)

石井孝明
ジャーナリスト
(写真1)私たちは、妄想の作った放射能の恐怖に支配されていなかっただろうか。(イメージ、iStockより)

以下、2012年7月に発表した原稿に加筆修正した。10年前の予想通り、メディア衰退は加速している。これは東日本大震災と原発事故での報道で信頼を失ったことが、それを早めた理由の一つと思われる。

メディアが嘘で福島を壊した−原発事故12年後の報道検証(上)」から続く。

リスクに比べて「騒ぎすぎ」の報道

多くのテレビ、新聞、雑誌が福島原発事故の後、放射能の影響を大量に報道した。しかし恐怖を広めたが、意味があったとは思えない。放射能による死者はゼロだ。これからもゼロであろう。

低線量被ばくについては、医学の認識は一致している。「100mSv以下の被ばくでは、他の要因による発がんの影響によって隠れてしまうほど影響は小さく、放射線による発がんのリスクの明らかな増加を証明することは難しい」(内閣官房・低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループ報告書2011年6月)。

分かりやすく言い換えれば、喫煙、運動不足など、健康をめぐるリスクは身の回りにあり、今の放射線量ならば他の悪影響に埋もれてしまうほど影響は軽微ということだ。福島はこの状況にある。放射能を理由とする健康被害は、今後起きないだろう。この見解はチェルノブイリ事故、広島・長崎の原爆の調査、その後の世界各国の疫学調査で確認されたものだ。

まとめれば、一連の報道は騒ぎ過ぎなのだ。福島・東日本で福島原発事故による放射性物質での白血病、固形がん、遺伝性疾患などが増加する可能性はこれまでもなく、これからもないと、筆者は判断している。(注・2023年現在に、この予想は正しかったと証明された。健康被害は起きなかった。)

信頼の崩壊、科学情報の無知が影響

ではなぜ福島原子力事故をめぐる恐怖が広がり、社会が混乱したのだろうか。理由は複合的だ。次の4点が理由だろう。

第一は信頼の崩壊だ。原発事故後にはエネルギー「何を信じていいか」という規範がなくなった。政府、東電、原子力関連学会は「原発は安全」と言い続けてきた。そして大多数の人は原子力の問題について、何も考えてこなかった。

そこに原発事故が突如起こった。「だまされた」と既存の制度への不信が広がる中で、人々が新しい異論に飛びつきやすい状況が生まれた。

第二は放射能問題の馴染みのなさだ。放射能という分野は一般の人にも、メディア関係者の大半にとってもなじみの薄い分野だ。各メディア内部と執筆者の不勉強、そして受け手の知識不足が、不正確な情報を流通させ、恐怖情報に動揺しやすくなった。

第三に、デマで利益を得る人の存在だ。原発事故直後は、政治家は反原発を騒いだら、票の増加や影響力の行使というメリットがある。前回、放射能の恐怖を煽りながら、放射能に効くサプリや生味噌を売る人たちを紹介した。こうした騒ぎを使って、政治的、金銭的利益を得る人がいる。

第四の理由で、受け手の問題がある。

慶応義塾大学のパネルデータ解析センターが2012年2月に発表した約3100世帯の調査では、原発事故・放射能汚染への恐怖・不安感は、震災直後よりも3カ月後の11年6月のほうが大きくなっている。

属性では、文系出身者や低所得層、非正規雇用者、無業者、未就学児がいる人、東北3県の居住者ほど、恐怖・不安を強く感じていた。また、原発・放射能汚染への恐怖・不安を感じる人ほど、睡眠不足やストレス増加を経験する傾向が強いこともわかった。恐怖や不安は、健康に影響を与えた可能性があるほか、買い溜めの助長など、購買行動へも影響したとみられるという。

もちろん、こうした調査だけで煽り報道に影響を受けやすい人々を理解したつもりになることは避けるべきだろう。より詳細な調査が必要だ。しかし「孤立した」「知識と自己学習能力が乏しく」「社会との接点や他者との連携が少なくネット情報に頼る」といった社会的な弱者が、煽り情報の犠牲者に陥りやすいことは確かだろう。そして、こうした人たちは、いつの時代の、どの地域にも存在して、騒ぎを大きくしてしまう。

メディアが、煽り報道に参加した理由

これらの状況に、メディアは反応し、騒ぎを大きくしてしまった。もともとメディアは、センセーショナルさが特徴になる。そして現在のメディア事情がある。今のメディアは紙から電波媒体まで、売り上げの伸び悩みに直面している。センセーショナルな言葉を使って売りたい、目立ちたいという衝動が、言葉を過激化させていったのだろう。

一つの経験がある。放射能について過激な言説を発表し続けた、ある環境雑誌の経営者・編集長と、話し合ったことがある。この人はもともと反原発を掲げていた。そこに福島第一原発事故に直面した。原子炉建屋の水素爆発の映像、そして福島の状況に大変な衝撃を受けたようだ。その結果、反原発の行動がかたくなになってしまい、「福島に人は住めない」という過激な情報を拡散した。

「なぜ不正確な情報を広げるのか。結局は信用を落としてあなたは損をする。放射能の健康被害と原発の是非は分けるべきだ」と筆者は話した。しかし、この人は「国が信じられない」「可能性があるなら危険性を報じるべきだ」「原発推進派を利する情報は出さない」と繰り返す一方だった。そして「広告主が反原発を望んでいるし、その方が売れる」という本音も言った。

この人は「脱原発」という自分の価値観、さらには恐怖感で放射能問題を捉えようとしている。そして、それが利益を出すことも認めた。

この雑誌は一瞬売れたが、放射能の危険マニアの集うクローズした世界になって売り上げも伸び悩んでいるようだ。この社長と活動に敬意を持っていたが、筆者はそこから遠ざかった。

放射能への恐怖が社会と経済に悪影響

煽り報道によって動かされた人々の行動は、社会に悪影響を与えてしまう。がれき処理の遅れ、被災地の除染と帰還の遅れは放射能についての過剰な恐怖感が背景にある。そればかりか、経済活動にも悪影響を与える。福島、東日本の被災地の復興の遅れ、事故処理費用の巨額化、原発の停止による電力料金上昇とは深刻になりつつある。

原発について、どのような意見を持っても自由であろう。しかし広がった混乱による社会と経済の損害は明らかに大きすぎる。混乱は「ノイジー・マイノリティ」(騒ぐ少数者)と呼ばれる人々の活動によってもたらされ、それをメディアが増幅させた。

さすがにここまでひどい煽り報道が続くと、それに対する受け手からの批判も当然起こる。日本国民の大半は賢明で放送をしっかり観察している人が多い。信頼性はさらに低下した。

出版関係者がそろって言うところによれば、11年秋ごろから、「放射能ものは売れない」状況になっている。情報のばかばかしさに、大半の人が気づいたのだろう。

また私の見聞した福島の人々の煽り報道への反応を紹介したい。ある公的団体は東京新聞、朝日新聞の報道に不信感を示し、両社の取材には情報を出さなかったそうだ。「あんなデマ流す人たちに話したら、何書かれるか分かりませんから」。別の行政関係者は昨年話していた。「放射能デマの雑誌なんてばかばかしくて、福島では誰も買っていませんね。私たちの故郷を何だと思っているのでしょうか」。

当然の反応だろう。市民によるメディアへの「監視」「反撃」がどのように広がるのだろうか。「なぜ適切な情報を伝えなかったのか」と、残念な思いを持ちながら、筆者は注目している。

震災、原発事故から1年が経過し、社会は落ち着きを取り戻し始めている。そして福島200万人の同胞をはじめ、大半の人々は復興に取り組んでいる。そろそろ冷静に物事を考えるべきだ。

煽り報道を含めたジャーナリズムの玉石混淆は今後も続くだろう。私たちは、メディアを精査し、さらに監視して、時には「おかしい」と批判すること、また惑う人を時には説得する形で情報に向き合わなければならない。

「真理はあなたを自由にする」(新約聖書福音書)。正しい情報を得て、そして使うことが復興の足取りを確かなものにする。

(筆者注)この2012年の状況は2023年になっても全く消えていない。暗殺された安倍晋三氏への中傷、LGBT問題など人権をめぐるおかしな主張、新型コロナウイルスへの対応、メディアのセンセーショナルな報道は全く変わっていない。

石井孝明

経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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