福島風評被害の責任はメディアにあるー朝日「プロメテウスの罠」を例に

石井孝明
ジャーナリスト

トンデモ本「プロメテウスの罠」が図書館を汚染

(写真)プロメテウスの罠7巻。見出しが週刊誌のようにセンセーショナルだ

最近は、図書館が、使いやすく工夫されている。東京中央区の施設で昨年12月にオープンし、歴史資料館が併設されている「ちゅうおう本の森」(同区新富町)をこのほど訪ねた。私は幼少期に中央区民で、図書館を利用していたので、その進歩に感銘を受けた。カフェが併設され、デザインが開放的で美しかった。

ところが同時にがっかりした。工学の本棚の前を通りかかったら、2011年から14年まで続いた朝日新聞の連載記事「プロメテウスの罠」(朝日新聞出版)全9巻がドンと並んでいた。この連載は、福島の放射能をめぐる風評被害を流したトンデモ連載だ。施設がきれいになっても、本を置く図書館の基本機能は変わらない。

図書館の蔵書検索システム「カリール」で東京の図書館全てを検索した。福生市以外のすべての区町村が図書館で、この「プロメテウスの罠」を持っていた。日本の他の場所でも同じだろう。図書館に本が残ることによって、歴史は歪んで伝えられかねない。怖くなった。図書館に勤める人は、自らの責任を考えてほしい。

東京電力の福島第一原発の事故の後で、福島県、日本全体への放射能をめぐるデマが広がった。今でも影響は残る。その風評を拡散したのはメディアだ。

この「プロメテウスの罠」という記事を批判的に紹介したい。これは新聞協会賞という新聞業界の相互投票で選ばれる賞を2011年に受賞している。新聞業界の自殺行為だ。当時、賛美され、広がってしまった。そのために図書館に置かれたのだろう。だから批判をする。他のメディアもひどかったので機会を改めて批判をする。

「福島で鼻血」?、共産党の活動家医師が分析

「プロメテウスの罠」は福島での放射能の健康被害の恐怖と、原発利権の糾弾を続けた。その報道の具体例を示してみよう。どれも週刊誌記事のようにセンセーショナルだった。

「福島で鼻血」「被ばくすると慢性的にだるさが訪れる」。このような科学的に確認されていないデマ情報をプロメテウスの罠は早い段階から報じた。

「東京都町田市の主婦の6歳の長男が4カ月の間に鼻血が10回以上出た」。この母親に、原爆に被ばくした、肥田俊太郎医師が語りかける。「広島でも同じことがあった」。しかし不安を煽りながら、記事の最後に「こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ」と、断言をせずに責任を逃れる文章を入れる。(2011年12月2日記事)

この記事で朝日新聞は「報道しない自由」を駆使していた。この肥田医師は2017年に100歳で亡くなったが、日本共産党の党員で、科学的に証明されない色々な原子爆弾の後遺症を発表し、放射能の恐怖を煽った困った人だった。過激な反核運動で熱心に活動していた。そのことを朝日新聞は、記事で記していない。あまりにもひどい報道だ。ちなみに、鼻血が出るほど被曝した場合、放射能で臓器・血管が破壊されるほど放射能を浴びているはずで、即死しているだろう。あり得ない話だ。肥田医師は、低線量被ばくの健康被害を訴えながら100歳までの長寿だった。

これは一例だが、他の記事内容もひどい。電子書籍化された、プロメテウスの罠の1と2の目次から私のコメントをつけて、章の見出しを採録してみる。

「私死んじゃうの」(避難する9歳の女の子のコメント。子供に語らせ、恐怖を煽り、かわいそうと印象付ける。)

「「箝口令」とよぶ文章」(いくつかの医学会が当時、会員医師に恐怖を広げないように慎重なコメントを要請したことを「箝口令」と表現。しかし放射線量を、政府機関や放射線医学総合研究所はずっと公開している。線量や科学的事実を、民主主義国家の日本で隠すことなどできない。)

「広島・長崎の悲劇が繰りかえされる」(遺伝リスクがある懸念を記事で強調した。ところが、原爆被災者の遺伝リスクはほぼない、胎児の被曝で少し観察されたのみという良い情報は伝えない。)

「チェルノブイリ、今も続く甲状腺異常」(この事故直後に被害はあった。しかし福島と同じ低線量被ばくでは、健康被害はチェルノブイリ周辺で観察されていない。日本のおかしな反原発派と協力するウクライナの医師パンダジェフスキー氏が登場し、解説した。)

「放射能を体から抜く」(医学的根拠のない民間療法を紹介。これは健康被害を生みかねない)

いずれもセンセーショナルであり、放射能と原発の知識がある人にとっては、異様な話題ばかりをつらねている。

「報い」を受けたトンデモ報道の記者たち

ただし「プロメテウスの罠」で敵ながらアッパレ、さすが朝日新聞と思った。いろいろなネタを仕入れてくるし、おもしろくまとめる。さらに「可能性がある」と逃げの文章を入れ、健康被害があると嘘はつかない。印象操作だけを繰り返す。

知人の別部局で勤めた朝日新聞の記者によると、当時の特別報道部がこの連載を牽引したという。この部は、テーマを決めずなんでも取材して紙面を面白くすることを目的に作られた。しかし中途採用の人が多く、センセーショナルな報道を繰り返し、また取材領域の侵害をして、同社内部でも「関東軍」、つまり旧日本陸軍の満州駐留部隊のように、統制に服さない集団と警戒されていたそうだ。仮に変な功名心で記者たちが事実を見ずにトンデモ報道をしていたら、罪は一段と重いだろう。

「天網恢恢疎にして漏らさず」と、ことわざにいう。この部のメンバーが中心になって、2014年8月に東京電力社員が原発事故の際に、福島第一原発から逃げたという誤報を出した。それが誤報と批判され、当時の朝日新聞社長が引責辞任する騒ぎになった。そのため、このプロメテウスの罠の連載に関わった多くの人は、退社か、傍流に追われ、同部は消滅(確か2015年)した。

下品な感想で申し訳ないが、変な報道の報いを受けたとしか思えない。

デマを流した人はまた繰り返しかねない

福島原発事故を語る上で、誰もが抑えるべき事実があると、私は考えている。福島で原発事故の放射線を原因にした健康被害は2023年になっても、確認されていない。外に漏れた放射能は、人間の健康に被害を与えるほど多量ではなかったためだ。これは事故直後から、日本政府、世界の科学者の言った通りになった。それに反して危険とする情報、騒ぐおかしな人々は相手にしてはいけない。そうした人を相手にすることで風評が生まれ、福島と日本が傷つけられている。

福島と東北は着実に、原子力事故、東日本大震災の痛手から復興している。しかしその復興は、デマ、風評被害により妨害され、遅れた面がある。

私は、他人を過去の誤りで糾弾することは好きではない。人は誰もが間違えるからだ。しかし福島問題で、デマ拡散者の責任は、反省しないかぎり、合法的に責任を追及し続けるべきであると思う。特にメディアの責任は重い。

「プロメテウスの罠」を放置し続ける朝日新聞は、福島の問題を語る資格はない。他のメディアも同じだ。福島の放射能問題でデマを流した人に過去の発言を突きつけ、「なぜしたのか」と、責任を問い続けたい。彼らは、日本が危機の時にまた同じ異様な行動を繰り返し、日本国民に害を与えるだろう。

現にコロナ、ワクチン報道をはじめ、科学や医療をめぐる問題で今も多くのメディアが、デマを流し、日本に害を与え続けているのだが…。

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