旧海軍「五分前」精神がビジネスにも人生にも役立った

石井孝明
ジャーナリスト

経済ニュース解説ばかりではなく、趣向を変えて、「ちょっといい話」のコラムを書いてみる。

遅刻で部下の処遇を決めた松下幸之助さん

もうPanasonicに名前が変わってしまった松下電器産業は、松下幸之助さん(1894−1989)が創業した。一代で丁稚奉公から世界企業を作った名経営者であり、思想家、松下政経塾の設立と運営をする社会活動家としても知られた。ただ2023年の今、大学生などに聞いたらもう歴史の中の人になってしまい、身近な存在ではなくなってしまったようだ。

伝説的な人物で著作も多く、また周囲がほめたたえたために、たくさん逸話が残っている。

松下幸之助さん(1960年ごろ、Wikipediaより)

その中の一つにこんなものがある。大阪には珍しく大雪の降った日に、松下電器の株主総会が某ホテルで行われた。雪のために、道路も鉄道も止まり、何人かの役員が定刻の到着に遅れた。社長で大株主の松下さんは、それらの役員を叱り、その後に態度を改善しなかった人を再任しなかったという。

株主総会は、会社として大切な行事である。そして雪が降ることは気象情報でわかっていた。そのために遅刻した役員を問題視した。松下さん自身は、遅刻しないように、わざわざそのホテルに泊まった。

この逸話は、松下さんをさすがと思わせたいのだろうが、説教くさいなとも、若い時に読んで、思った。しかし、私がおじさんになった今になっては、結構、奥深い判断かなと思い直した。

松下さんは事業部制を作り、権限を下に渡して、社員の自発性を尊重した。日常では部下のことを細かく言わなかったという。しかし、物事には、ポイントとなるところがある。株主総会は企業にとって重要なイベントである。その準備を怠るということは、他の重要な仕事でもおろそかにする人である可能性が高いということだろう。

ビジネスに役立った海軍の「五分前」

旧海軍兵学校、現・海上自衛隊幹部候補生学校(広島県江田島市、江田島町ホームページより)美しい建物で、日本海軍が教育に力を入れてきたことがわかる。

事前準備は、その後の行動を規定する。もう20年も前だが、関西のある有名な大手の米販売会社の幹部の方と懇意にさせていただいた。(以下の逸話が確認できないのと、直近関係が薄れたので、会社名は匿名とさせていただく。)

その幹部の方は創業家の親族の方だった。初取材の時に社員が挨拶を丁寧にするので指摘すると、「よく会社を観察してる」と褒めてくれた。社内教育で重視しているという。当時は若かった記者の私を可愛がってくれた。その会社は「裏食糧庁長官」というあだ名で、その人は食糧政策の起案までする米流通業界内の実力者と後から知った。その人から学び、その紹介による農業と食糧流通、官界の人脈は、経済記者としての仕事に役立った。いくつかスクープも出せた。どんな物事にも、キーパーソンが影響を与えることを、業界の内部に潜り込んで知ることができた。そうした重要人物が表に出ないこともよくある。

その会社は戦後すぐに創業した。その会社の創業者は旧海軍に徴兵され、軍に残って下級下士官のまま敗戦を迎えた。民間に放り出され、何も商売のことなど知らないまま、米の売買を始めた。対人関係の方法がわからず模索する中で、海軍の教育で聞いた「五分前」を思い出し、実践し、自分や社員に徹底したという。

「五分前」とは、海軍の作法、不文律のルールと精神だ。作業開始の五分前に準備を終え、そこで待機をし、定刻に作業を開始する。士官を養成する江田島の海軍兵学校と、兵士を教育する海兵団で叩き込む。

この「五分前」を実行すると結構時間にルーズだった昭和の日本の商売で、会社が目立ったという。それと真面目な仕事を重ねると信用もできた。

また会社の雰囲気に、一つの基準ができた。だらだら仕事を始めるのではなく、五分前に揃えるために準備が丁寧になった。五分待つ事で、仕事の手順を頭の中でシミュレーションをすることができた。また五分前に準備を終わらせることで、精神的、時間的な余裕ができた。それが確実で迅速な仕事につながった。

「軍隊というと昭和20年代はバカにするとか反発する人もいた。けど普遍的な大切なものは、人間関係や仕事のどのような場面でも変わらない。「五分前」精神とは、そんな難しいことではない。当たり前のことだ。けれども、実際に行い続ける人は少ない。真面目で地道な小さな工夫を重ねることで信頼ができ、少しずつ会社が大きくなっていった」。その幹部は、亡くなったその創業者から聞いたという。松下幸之助さんの話に通じるものがある。

石井孝明
経済記者 &ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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