生き急ぐ若者の末路-ハリー王子の破滅、チャーチルの復活

石井孝明
ジャーナリスト

ハリー王子に見られる変な焦燥感

英国のハリー王子が回顧録「SPARE」を出し、英国世論に袋叩きにあっている。筆者は未読だが、自分は王室でいじめられ、アフリカ系の血が混じった妻のメーガン妃は人種差別にあった、母親ダイアナ妃が父チャールズ英国王のせいで離婚し、彼女と自分は不幸だと嘆く内容らしい。世論調査の記事を読むと、英国人の大半は王族の特権に甘えている、王室の評判を落とすと怒っている。

(写真1)ハリー王子の回顧録「SPARE

抜粋を少し読んだが、ハリー王子は王家の第二王子「スペア」(予備)である自分の境遇を抜け出すために、「何かをしたい」焦りに囚われたようだ。それが変なエネルギーになって、奇行の形で外に出てしまったように見える。ただし、これまで王室ブランドで生きてきたのに、それを否定する本を出すのは彼の身の破滅だろう。まだ39歳で残りの人生は長い。

名門の出、家庭不和、焦燥感、若い頃に有名になって、中年にこける「生き急ぎ」。英国史を見ると、よく似た境遇に陥る有名人がいる。

世界のスターになったが悲劇的な死を迎えたダイアナ妃。18世紀初頭に一介の騎士から軍功を重ねて一代で貴族の最高位まで上り詰めた後に失脚するマルバラ公爵ジョン・チャーチル。そして第二次世界大戦の英国を率いた首相ウィンストン・チャーチルだ。ウィンストンは若い頃に名声を得たが途中で失脚し、晩年に首相になるまで政界で不遇の時を過ごす。

ハリーを含めたこの4人は、スペンサー=チャーチル家のメンバーだ。この一族は優秀だが、若い時に頭角を表した後で、中年になって社会的に自爆する不思議な経歴の人を、これ以外にも何人も出している。遺伝的な気質なのかもしれない。

ウィンストンの奇行と成功

(写真2)サー・ウィンストン・スペンサー・チャーチル(1874−1965)、首相だった1941年、67歳、ウィキペディアより

日本の駐米大使の冨田浩二氏が「危機の指導者チャーチル」という伝記を出している。面白い伝記で、秀才官僚らしくコンパクトに、広い教養を背景にまとめている。ここに出てくる若いチャーチルの姿は、ハリー王子に似たところのある、焦燥感に駆られた変な人だ。冨田氏は「生き急ぐ青年」と評している。

チャーチルの父は政界で注目されたが、梅毒が原因で若くして亡くなった。美貌の母は社交界のスターだったが、各所に愛人を作り彼をかえりみなかった。チャーチルは劣等生で両親に認められず、何とか陸軍士官学校に入学した後で騎兵将校になった。その後は最前線での戦闘と冒険を求め、メディアに従軍記を書きまくった。政界進出のためだ。ボーア戦争では従軍記者として捕虜になった後で脱走。その体験記を発表して一躍英雄となり28歳で議員に当選する。

無理に日本に例えれば、河野太郎さんの知恵に、橋下徹さんのしゃべり、小泉進次郎さんのルックスを加えた30歳の青年政治家と言えるだろうか。当然目立ち、要職を歴任する。ところが、その派手な行動は嫌われ、仲間はいない。いつも一匹狼だった。

第一次世界大戦では海軍大臣として軍備拡張を事前に推進した。それは適切だったが、トルコのイスタンブール攻略戦を文官なのに立案した。着眼点は良かったが、ガリポリの戦いで大失敗する。それまでの悪評の影響もあり、責任を取らされ、40歳になる前に失脚した。その後はポストももらえず、不遇の日々を送る。

彼が返り咲けたのは、英国が第二次世界大戦に突入した危機からだった。首相に就任したのは66歳。その後の大活躍は省略するが、この本では後世美化されたチャーチルの戦争指導の危うさも記している。だが冨田氏は総括で、「平時は優秀な政治家だが、危機では超一流」「勇気、着眼、戦略眼、行動力は非凡」とほめている。

「何かをしなければならない」焦りの行き着く先

実は私は記者だが、20代にチャーチルに憧れた。政治家志望ではなかったが「若き日々」という彼の回顧録を読んで、スクープをあげる焦燥に囚われてしまった。確かに何度か、人に先んじてスクープを出したし、32歳で本を出した。しかし、そんなものは一瞬名前が売れただけ。名声には結び付かなかった。

それどころか、そうした行動で周囲に軋轢を生んだ。生意気な若造で、外の取材先のおじさんにはその態度が可愛がられたが、属する組織では批判された。おじさんになった今になって、変に焦っていた若い自分を滑稽に思うし、もう少しまともなやり方があったと反省している。

チャーチルの若い日々の自伝は、世間から「終わった」人と見られていた1930年ごろに書かれた。チャーチルも、若い自分が焦りすぎていたこと、一歩間違えば死んでいたことを、自伝で少し反省している。ただ冨田氏の本で彼の人生を通じて見ると、彼はその後も、自分勝手に動き続き、反省をしているようには見えない。首相になり、成果を出せたのは、奇跡、運の面もある。

(写真3)「危機の指導者チャーチル」(冨田浩司、新潮社)

生き急ぐ若者に提案、「意欲は認めるが立ち止まれ」

最近、「何かをしなければならない」と肩に力を入った若い人に出会う。自分がかつてそうだったから分かるが、そうした向上心、克己心は人生に必要だ。

しかし、それで得た成功は実は得てみると、自分にとってたいしたことはないかもしれない。またやり方を間違えると、ウィンストンのように、ハリー王子のように、その他のスペンサー=チャーチル家の人が陥ったように、そしてそれとは比べ物にならない小物だけど私のように、周りを傷つけ、自分も傷つくかもしれない。ウィンストンのような奇跡の復活は例外だ。

生き急ぐ、意識高い系の人は一歩立ち止まって、自分の状況を省みるべきだろう。

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