知らないうちに進む原発復権−何が問題か

石井孝明
ジャーナリスト
2022年12月12月の首相官邸で行われたGX実行会議、閣僚たちと並び発言する議長の岸田文雄首相(首相官邸H Pより)

政府による原発の復権が進んでいる。国民の中であまり議論が行われないように、岸田政権は転換政策を打ち出した。何もしないと評価される岸田文雄首相だが「意外とずるい」と、私は新たな面を見てしまった。私は原子力活用派で、この転換は当然と思う。しかし、この政策転換はこれまでの問題を何も解決しないまま行われる。エネルギー政策のさらなる混乱をもたらさなければいいのだが…。

脱炭素の充実の名目で原発復権

あまり大きな話題になっていない印象があるが、政府は昨年12月に「G X実現に向けた基本方針」を有識者を集めたGX実行会議でまとめた。この政策はG X(グリーントランスフォーメーション)の推進を目指す内容だが、そのために二酸化炭素を出さない原子力発電を活用することが盛り込まれた。民主党政権(2009−2012年)が脱原発を訴え、安倍、菅政権が、この問題を曖昧にしてきたことを考えれば、重大な政策転換といえる。政府は福島第一原発事故以降、エネルギー基本計画を2回(直近は21年10月)改定したが、そこでは「可能な限り原発依存度を低減」としてきた。新方針は「最大限活用」を明記した。この問題を質問されるたびに、「矛盾しない」と西村康稔経済産業相は返事をするが、明らかに矛盾している答えだ。

政策を転換するのであれば、多角的な検討が必要だ。しかし岸田政権はそうした議論に踏み込まず、エネルギー供給への不安心理が広がる状況を原発復権の好機と考え、原発復権の結論ありきで、動いたように見える。経産省と岸田首相、西村経済産業大臣の合作だろう。岸田首相は、「何もしない」と評判は悪いが、この問題ではしたたかさが見える。気候変動を押し出し、陰でこっそり原発復権を進めた。

そして原子力では、再稼働の加速、60年超運転、新型炉の開発が盛り込まれた。世論はウクライナ戦争の後に、原子力の活用を容認する声が増えている。このパブコメには約4000件のコメントがあったという。(パブリックコメント要旨

立場によって変わる政策転換の意味付け

私はバランスの取れたエネルギー源を確保するために、原子力を活用すべきという立場だ。そして原子力は日本が世界で優位をまだギリギリ保つ産業で、その保護をするべきと考えている。ようやく原子力活用という適切な方向へ状況が動いたと思うが、これでも足りないと思う。一方、反原発の人たちは、政府の政策転換を批判している。一例が朝日新聞の2022年12月23日の記事だ。「(社説)原発政策の転換 熟議なき「復権」認められぬ

反原発を主張してきたG論説委員の寄稿だろうが、「熟議」と言い続け、結論を出すことを批判している。朝日より論理性のないない人も騒いでいる。上記のパブコメを見たが、かなり頓珍漢な議論もあり、こうした人たちを相手にする政府も大変と思う。

ただし、各種世論調査では、原子力活用の立場の人が、反対より上回るようになってきている。風向きを変えたのは、ロシアのウクライナ侵略で深まった世界的なエネルギー危機だ。加えて日本では、原発を動かさないことを一因とする電力供給不安と価格高騰の問題がある。そこにある原発を使わない。誰が見てもおかしなこの状況を、変えたいという当然の意見が広がっているだけだ。

数ある矛盾は放置、それでも必要な再稼働

しかし、この政策転換は多くの問題をはらむ。エネルギー・原子力問題をウォッチしてきた私からみると、これまでの政策の問題点がそのままなのだ。それを放置して再び走り出すと、原子力政策が自壊してしまうかもしれない。

例えば、政府はこれまで、再エネを主力電源化して気候変動に対応すると説明していた。再稼働は原子力規制委員会の職分だと、政府の責任から逃げていた。各社がコストカットに走りがちな電力自由化と、利益が大きい一方で巨額の投資が必要な原発の活用は相性が悪い。その電力自由化を進めてきた。こうしたこれまでの政策と、原子力の推進は矛盾する。

時間軸のずれもある。再稼働を促進するなら、原子力規制の制度と法律をいじる必要がある。しかし、その行為は大騒ぎになり、時間がかかるので、岸田政権は手をつけていない。60年超運転や新型炉の開発、新たな建設は不透明な要素が多い。効果が出るのは10年以上先だ。

政府から独立した権限を持つ原子力規制委員会への圧力をかけ、早期再稼働をさせることが今の政府の目的だ。こうした時間軸の違う話をまとめ、本筋での再稼働推進策を、目立たなくさせようとしているのかもしれない。

そして、核燃料サイクルや高レベル放射性廃棄物の最終処分などの難しい問題を、岸田政権は触っていない。

政府は、エネルギー・原子力政策で決めるべきことを10年間放置し、先送りした。その状況で原発活用に踏み出した。その矛盾で足元をすくわれる可能性がある。実際に政治が騒いでも、その担い手である民間の電力会社は原子炉の新設、新型炉開発に手を回す金も余裕もない。「笛ふけど踊らず」の状況になっている。

今動かないと、日本の原子力は滅びる

ただし問題はあっても今、原子力政策を転換しなければならないと私は思う。抱える諸問題を走りながら解決した方が、止まり続ける現状よりまだましだ。

日本での電力の不足は長期化する見込みだ。それに効果ある対策の一つは原子力発電の再稼働だ。そして日本の原子力産業は、その停滞によって製造の面で弱っている。一方で、中国とロシアの原子力産業が、本国の建設と途上国への売り込みで着実に成長していることを、この&ENERGYで繰り返し警告してきた。(「原子力産業、日本は中国に負けた-民主主義のせい?」など)

「原子力政策で国民的合意が必要だ」という意見がある。確かにそうだ。しかし、10年議論して結論がでない。それどころか、原子力廃絶という非現実的な議論をする人や、左派政治勢力の政治騒動のテーマになってきた面もある。同じ土俵に立って、熟議を重ねても、また何年も決まらないことが続くだけだ。それよりまず物事を動かした方がいい。原子力政策の転換を私は歓迎する。

ただし指摘したように、原子力政策の矛盾や問題点は放置されたままだ。それぞれの問題の結論と対策をしていかないと、この政策転換は自爆状態になり、原子力の未来を逆に壊しかねないだろう。政府の適切な対応が望まれるが、そこまで岸田首相と取り巻きの人たちは考えているのか心配になる。

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