ピントがずれたエネルギー政策=補助金ばらまきより料金下げろ

石井孝明
ジャーナリスト

(このたび、外国人問題、経済安全保障問題のサイト「Journal of Protect Japan」を立ち上げた。エネルギー、環境政策の解説を行う「with ENERGY」と共に、利用いただきたい。双方向のやり取りを期待する。意見、感想をぜひ寄せていただきたい。)

岸田政権の経済政策の柱は、気候変動に対応したエネルギー供給体制と経済の作りかえ、GX(グリーン・トランスフォーメーション)という。もちろん、それは意義ある政策だ。しかし話が大きすぎる。私たち庶民の関心は、自らが今体験しているエネルギー価格の上昇だ。その改善のための政策に注力するべきではないだろうか。

(写真1)6月のGX推進会議での岸田文雄首相(首相官邸HPより)

「足元のエネルギー産業の状況はガタガタなのに大風呂敷を広げて大丈夫なのか」。エネルギー分野の担当が長かった経産省OBと会話をしたところ、最近の政府・経産省の行動を不安がっていた。この懸念に私は共感する。

世界の流れは経済安保

GX政策を2022年末から岸田文雄首相自らが唱えた。岸田首相は21年10月に政権についたものの、明確な経済政策を打ち出していなかった。そこで経産事務次官で、今の首相の経済政策立案の中心である嶋田隆秘書官の「気候変動対策で経済を作り替えよう」と言う入れ知恵に飛びついたのだろうと、ささやかれている。

GX政策の構想は壮大だ。16の産業分野にテコ入れし、23年度からの10年間で150兆円の投資、そのうち政府による出資20兆円を行うという。その20兆円は当初「G X債」を発行し、現在検討中の排出権取引での負担金、カーボンプライシング、事実上の炭素税などで支払う計画だ。

世界各国は、気候変動対策をテーマにした経済政策や大規模な国主導の投資計画をコロナ前に打ち上げていた。日本もそれに追随した。

しかし、ウクライナ戦争やパレスチナ紛争の激化の中で、各国がエネルギー安全保障に注目する今、GXを唱えるのは少しずれているように思う。各国は気候変動は唱えるものの、価格抑制、経済安保の対策を打ち出している。

エネルギーの金で「日の丸」半導体と飛行機?

そして関心の向き方がおかしい。岸田首相が最初にGXを語り始めた頃は「原子力発電の活用」を強調した。エネルギー問題に理解ある人はこの政策を期待した。気候変動対策で一番効果のある政策は、温室効果ガスを出さない原子力発電の推進だ。それなのに、日本では福島の原発事故の後遺症のためなかなか進まなかった。

ところが、焦点がぼやけてしまった。GXでは支援の産業は16に拡大。新型原子炉の開発や送配電網の作り替え、燃料電池などは残っているものの、エネルギー産業の作り替えに直結する支援は目立たなくなってしまった。総花的になったのは、経済界からの要請を全て受け入れたためという。そのために経済界からの反対は少ない。

経産省内部では、潤沢な補助金で行政が行えるために、士気は上がっているという。そして同省は、国産半導体の支援や、国産航空機の製造も唱え始めた。高性能の半導体も航空機も、GXに多少は関わるだろう。しかし気候変動対策やエネルギー産業の強化に直接の関係はない。また半導体や航空機は残念ながら他国との競争で、日本のそれらの産業が厳しい状況に追い込まれた産業だ。経産省は時代錯誤の補助金による産業支援政策をやりたがっているように見えてしまう。

原子力では日本原電敦賀2号機では原子力規制委員会が、その地質に「活断層の可能性を否定できない」と奇妙な判定をして、廃炉に追い込もうとしている。規制委は独立性の強い行政機関であるため、政治がなかなか口出ししない。巨大原子炉が廃炉になったらGXと気候変動政策が止まってしまうのに、一体政府は何をやっているのか。介入を今こそするべきだ。

私たち庶民が求めるのは「安さ」

現実のエネルギー問題は、なかなか良い方向に動かない。それどころか問題は山積している。原子力発電所の再稼働は遅れている。その原因である原子力規制の改革は進まない。SNSで風光明媚な釧路や阿蘇での太陽光発電による環境破壊の映像が流れて、再エネへの不信感が高まっている。22年にひとまず完了したことになった電力自由化は、さまざまな問題が発生して制度設計の手直しが続く。エネルギー産業そのものの改革に本格的に手をつけず、GXという壮大な話を語る岸田首相と経産省を、私は一国民として浮ついていると思うし、不安を感じてしまう。

電気料金が7月から上昇する。〈政府の電気料金補助廃止が直撃!この夏は「災害級の暑さ」予想で国民生活どうなるのか〉と、夕刊紙の日刊ゲンダイは5月27日の記事で政府を罵った。これは一例だが、メディアは庶民の不満を代弁する形で、この値上がりを批判する。

電力・ガス料金は「値上げ」ではなく、これまでの「電気・ガス価格激変緩和対策事業」補助金が6月末で終わることで上昇する。繰り返されるメディアのセンセーショナルな政府批判にはうんざりする面もあるが、私たち庶民にはエネルギーを考える際に「価格」が注目されることを、報道を通じてあらためて感じる。

エネルギー産業そのものへのテコ入れを!

補助金は市場の価格決定メカニズムを歪める筋の悪い政策だ。22年度末から24年度まで、この補助金は総額約6兆5000億円にもなる。しかし今、岸田政権は今年秋から、補助金を復活させ、電力料金を引き下げることを検討している。そんなことよりも、価格を下げる政策で行うべきは、エネルギーシステムの需要と供給体制の強化だろう。

需要を減らすために、省エネの推進が必要だ。エコポイントという過去に行った政策がある。供給を増やすには、エネルギー産業を強くし、その供給能力を増やさなければならない。原子力発電所の再稼働、再エネが活用できる送配電網の作り替えというGXで語られた政策を、推進すべきだ。そうした本筋の取り組みを、政府・経産省は熱心にやっていないように思える。

このままでいいのだろうか。最初の関係者の心配に戻るが、今の政策は「足元のエネルギー産業の状況はガタガタなのに大風呂敷を広げて大丈夫なのか」という感想を、私は抱いてしまう。日本の産業構造の作り替えは必要だ。しかし目の前の現実の問題を放置して、未来を語っても仕方がない。岸田政権も経産省もスローガンばかりで足元がしっかりしていないように見える。

まずはエネルギー価格の抑制だ。多くの識者の言うとおり、エネルギー政策の目標を「価格」にしてもいい。そのために、再エネの抑制と、原子力の活用、この10年進んだエネルギーシステム改革の問題洗い直しをしなければならない。首相も、最近の政治家も、今やるべきことをやってから、未来を語ってほしい。

石井孝明
経済記者 with ENERGY運営
ツイッター:@ishiitakaaki
メール:ishii.takaaki1@gmail.com

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