原発停止で国富流出「10年で約50兆円」、動かせない複合理由

石井孝明
ジャーナリスト
(写真)四国電力伊方原発、ここを含めて長期停止の原子力発電所ばかりだ(iStock/paprikaworks)

「なんで岸田首相は再稼働を命令しないのか」

東京電力の福島第一原発事故以来、原発の多くが停止している。仮に2010年時点のように54基の原発が使われていた状況と比べると、その原発の停止による発電の損失、代替の化石燃料の使用によって、この10年で国富の海外への流失は、「50兆円」との試算もある。(日経ビジネス記事

「原発がなぜ動かないのか」「なぜ岸田首相は動かさないのか」。記者として、頻繁にこの質問を受ける。手短にまとめると、「動かしづらい仕組みを作っているから動かせない」のが答えだ。

(写真)2015年にあった経産省前の違法に建てられた反原発テント。今は撤去された。中に密教の呪詛の道具らしいもの、牛の骨があった。異様な人たちだ
(写真)2015年にあった経産省前の違法に建てられた反原発テント。今は撤去された。中に密教の呪詛の道具らしいもの、牛の骨があった。異様な人たちだ

今でも、経産省の玄関前に終日、平日に後期高齢者の男女がパイプ椅子を持ち込んで座り込んで「原発再稼働反対」と喚き続けている。同省の取材から出た私に、女性がパンフを押し付けようとしたので「愚かなことはやめなさい、経産省は再稼働を認める権限はない」といった。すると「経産省が悪いんだ」と喚き始めたので、その場を去った。実は私の方が正しい。

再稼働のできない原因を私が分類すると3つある。「おかしな原子力規制」「防災対策での過剰規制の失敗」「電力会社自体の問題」だ。それらが絡み合い、また現実で変容し、複雑になり混乱しているというのが現状だ。

第一の問題「おかしな原子力規制」

第一の問題「おかしな原子力規制」を説明する。これには、原子力規制の仕組みと運用の問題がある。

東電の福島事故の後で原子力規制が問題になった。規制を担当した原子力保安院が経産省の傘下にあり、事故の一因になったという批判だ。そこで民主党政権下の2012年に与野党一致で、政府から独立した形の行政組織として原子力規制委員会と、その傘下の原子力規制庁を2012年に作った。この制度では行政組織はどこも介入できない「独立行政委員会」(3条委員会)。首相も経産大臣も経産省も、ここに命令できないのだ。

そして運用の問題がある。過剰規制と、審査の遅れだ。規制委員会、規制庁は当初400人程度で発足。現在は1100人程度まで増えた。この少なさで、全国の原発を管理し尽くすということは難しい。

それなのに、規制委員会は自らに大変な業務を課した。2012年に規制委員会は、自ら新規制基準を設定し、その適合性にあった原発の稼働を認めるという判断をした。

すでに一度認可が出た原発を再び認可を条件に稼働を認めるのは、法律上問題がある。(長くなるので省略、解説は私の別文章で。「法的根拠なき原発の停止-規制庁の奇妙な見解の紹介」)

また、その新規制基準では「過剰に設備をつける」ことで、安全性を高めるという方向を選択した。それで審査が遅れている。2016年ごろまで、全国の原子力施設でこの規制基準をめぐり大混乱が起きた。今ようやく審査が一巡し、対応工事も進んでいる。

こうした機器の問題なら、工事をすれば問題は解決する。ところが、規制委員会は、地震をめぐる再調査を全国の原発に行っている。一度建設の時に審査で認可を出したのに、再調査・再判断をするのは法律上問題がある。数万年に一度あるかないかの地震のために、プラントの再稼働が遅れている。北海道電力泊発電所、日本原電敦賀発電所などの審査だ。この結論がなかなか出ない。

行政手続法では、行政は「原則2年以内」に判断の結果を、規制を受ける当事者に出さなければいけないとされる。しかし原子力規制では10年も審査を続けているのは明らかにおかしい。民間企業のプラントは止めれば損害が出る。その配慮も、補償する制度もない。こうした問題点を、これまで規制委員会・規制庁は聞かなかった。「独立性」を「独善性」と考え違いをしているかのようだ。

第二の問題「防災対策での過剰規制の失敗」

第二の問題は、防災対策だ。福島事故で避難が混乱したため、原発事故の規制が災害対策基本法で拡充した。避難計画は、原発の立地自治体とその周辺ではあった。ところが「緊急防護措置を準備する区域」(UPZ)と呼ばれる地域を30キロ圏まで広げてしまった。その避難計画づくりに、時間がかかっている。

さらに法律の根拠のないことだが、再稼働には、地元の県、周辺自治体の同意が必要になっている。それは当然と思われるが、30キロ圏全ての自治体が、事実上同意をする必要がある状況になってしまった。特に人口密集地域である茨城県の日本原電東海原発、静岡県にある中部電力浜岡原発では、周辺自治体との調整、避難計画づくりが難航している。

もちろん避難計画づくり、住民計画は必要だが、事後の結果を考えずに規制を強化したツケが今になって出ている。30キロ圏には、原子力立地地域に与えられてきた交付金などの制度が少ない。そのために一部地域が(名前は出さない)「避難用のために道路を作れ」「予算の配慮をしろ」などの要求をして、収拾がつかなくなっている。こうした政府の失敗がある。

第三の問題「電力会社の失敗」

第三の問題として電力会社側の問題がある。2020年に東京電力の柏崎刈羽原発で発覚した事件が一例だ。規制庁が抜き打ち検査をしたところ、職員によるI Dカードの使い回し、計画通りでない警備体制などが発覚した。原子炉が稼働しないため、士気がたるんでいたのだろう。小さなミスもたくさん散見される。電力会社は反省してほしい。

また過剰規制、おかしな制度には、現場にいて規制を受ける電力会社が問題点を指摘すれば良かった。ところが電力会社は沈黙し、それを受け入れてしまった。福島事故後に業界全体が萎縮し、適切な主張もしなかった。そのツケが今になって出ている。

根本から原子力規制の仕組みを見直す必要

手短にまとめたが、こうした問題が複雑に絡み合ってしまい、原子力発電所が簡単に動かせない。

私は安全性が下がりかねないため「規制を緩めろ」とは言わない。しかし、効率的、合理的な規制を行うべきである。あまりにも無駄が多い。どこまでが許容されるか線引きをするのは政治の役割だが、旧民主党でも、自民党でも、どうもそれを逃げている印象がある。「原発活用は票にならない」とは政治関係者の思い込みだ。賢明な日本国民は、目先はそれを活用せざるを得ないことは、理解しているだろう。

また普通の国の原子力政策では、問題があれば原子炉を動かしながら、それを改善していく。大事故を起こしたソ連のチェルノブイリ原発でも、米国のスリーマイル島原発でも、事故炉の隣の原子炉は、事故があっても対策後に稼働を続けた。ところが、日本では全て停止するという異常で非合理的な行動をしている。

原子力規制をめぐる法改正の議論も自民党内では強まっている。しかし国会で全会一致で過去に決まった経緯があること、連立する公明党が難色を示しそうなこと、立憲民主党や共産党が強く反対しそうであることから、自民党はなかなか手をつけない。また統一教会騒動がエネルギー・原子力問題の解決に影響を与えてしまった面がある。(政治情勢を解説した&ENERGYの記事「山際大臣辞任の影響、緊縮財政と原発活用足踏みの懸念」)

原子力発電所は、こうした複合的な混乱の結果、すぐに稼働できる状況ではなくなっている。根本の規制の姿勢から見直さなければ、どうしようもない状況なのだ。こうなった以上は、政治の介入と調整による問題解決しかないが、岸田首相には期待できそうにない。

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