「再エネ利権」の怪しい誕生−書評「孫正義の参謀」

石井孝明
ジャーナリスト

再エネが日本のエネルギーシステムを圧迫する

日本のエネルギー政策の問題の一つは、大量に導入された再生可能エネルギーをどのように扱うかだ。

再エネの振興策は、2011年の東京電力福島事故の後で整備された。再エネで発電された電気は、電力会社が強制的に買い取り、その金は私たちの電力料金に上乗せされている。固定価格買取制度(F I T)と呼ばれるが、2022年度(予想)に年間4兆2033億円の巨額だ。さらに再エネは天気任せ。予備電源の準備や送配電網の作り直しで経費がかかっている。また既存のエネルギー投資が抑制されてエネルギー供給力が低下し、夏と冬の電力需要期に停電の危険が頻繁に発生している。

このF I Tによって再エネの発電比率が2010年の3%から2021年に12%まで増え、再エネ産業が大きくなった効果はあった。しかし、そのメリットよりも、デメリットの影響を受ける国民が多くなっていると思う。そして、政策の検証は政府も国会もしていない。

なぜこんな政策が行われたのか。発刊は2015年と古いが、その裏事情を示す本を紹介する。元衆議院議員の嶋聡氏の「孫正義の参謀-ソフトバンク社長室長3000日」(東洋経済新報社)だ。書評は普通本をほめるものだが、この読書は「がっかり」するものだ。

嶋氏が政界を引退しソフトバンクの社長室長になった経緯と、ソフトバンク孫社長への賛辞、そして嶋氏の自負が書かれた本だ。その実績には敬意を示すし、嶋氏も孫氏も優れた方とは思う。

しかし筆者が多少事情を知るエネルギー問題で、孫氏と嶋氏とソフトバンクがF I Tの導入に密接に関係したことが赤裸々に書いてあった。筆者の当時の推定以上に、彼らは政治家と結びついていた。そして2人も周辺の政治家も、本を読む限りにおいて、自分のおかしさに気づいていないようなのだ。

再エネは原子力発電の代替策にはならない

内容を紹介すると以下の諸点が印象に残った。

第一点は、福島原発事故の後で孫氏は冷静さを失っていたことだ。本では「会社を休職して東北と福島の復興のために活動したい」と孫氏が発言し「ガイガーカウンターを4個持ち歩いていた」という事実を紹介している。彼のような怜悧なビジネスパーソンが、このような状況に陥ったことは驚くべき事だ。

第二点は、孫氏と嶋氏は「専門家に聞いて歩き」「原子力の代替は再エネであると確信するに至った」ということだ。事実認識が間違っている。原発は現在大型で140万kWの発電能力を持つ。太陽光は1枚の量産型パネル(1平方m程度)の発電能力は約1kWで、稼働率は天候次第だ。比較の対象にならないほどの発電能力差があり「再エネは原子力発電の代替にはならない」が正解だ。善意の彼らに情報を吹き込んだ人たちが問題だ。

第三に、落ち目の政治家の醜さだ。本によれば、孫正義氏が反原発を唱え注目を集めると、多くの民主党の政治家が孫氏にすり寄ってきた。支持率低迷と党内での批判に直面していた当時の菅直人首相がその中心だった。

菅直人氏は何度も孫氏に会って意見を聞いた。孫氏は、民主党や政府の部会で政府委員や公職にないのに、頻繁に呼ばれ意見を表明した。孫氏はパニックから目覚めるとしたたかに状況を利用したのだろう。民主党への食い込みは人脈を持つ元議員の嶋氏が仲介した。

孫氏は通信、ITなどで既存の巨大会社と戦ってきた。その企業家精神は立派だが、嶋氏を採用した辺りから民主党を使って、自民党とつるむ既得権益を政治的に攻撃するようになった。エネルギー問題ではその弊害が露骨に出た。見方によって異なるだろうが、孫氏が元政治家を使って民主党政権の政治的影響力を行使したと言えるし、「政商」と批判を受けても仕方がない。

孫氏の意向が反映された再エネ振興策

菅首相との密接な関係のゆえに孫氏の意見が、当時の政権のエネルギー政策にかなり反映された。「電力会社は問題が多いので、発送電分離によって解体し電力自由化を進めるべき」「太陽光に支援を集中」「再エネ補助金を優遇せよ」「買い取り保証は超長期で」「原発ゼロ」。孫氏はこう主張したという。

実際の政策ではそれがかなり取り入れられた。太陽光の買取価格は1kWで42円の補助金を付与(現在14円)。電力卸価格は12年ごろ同6円程度だったので異常な高さだ。経産省が事前に出した案に、「政治主導」の名目で上乗せした。自民党政権と経産省は今、これを見直そうとしているが、改革は遅々として進まない。

孫氏はその政策決定当時から、ソフトバンクグループで再エネ事業を行うことを表明し、実際に参入した。彼は「利害関係者」だった。そして合法的に儲かる仕組みを作って、再エネ事業を行った。

失敗政策は悪影響と是正が大変

【写真】リベラル系文化人と菅直人首相、孫正義氏の参加する再エネ促進のイベント(2011年、テレビ東京のニュースより)
【写真】リベラル系文化人と菅直人首相、孫正義氏の参加する再エネ促進のイベント(2011年、テレビ東京のニュースより)

前述の通り再エネ振興策は失敗した。民主党政権の政策決定で繰り返された宿痾(しゅくあ)だが、この党は政治主導の名の下に、官僚組織、また専門家の意見を聞かなかった。また正統ではなく異端の意見を好むという失敗を繰り返した。再エネでも同じだった。

特に菅政権では、専門家ではなく、孫氏を重視した。孫氏は再エネ問題に利害関係を持つビジネスマンであり、倫理的に大変問題だ。ビジネスと政治・行政は、協力することが必要だ。しかし、この問題では孫氏の影響が大きすぎ、癒着と批判されても仕方がない。もちろん今の自民党政権、そして官僚主導の政策でも同じような現象は見られる。しかし民主党ほどひどくはなかった。

政策は失敗の危険に常に直面している。政治家は国政から地方自治体まで、選挙の重圧にさらされ、人気取りの政策に傾きがちだ。優秀なビジネスパーソンが、政治家や狂乱する大衆の作り出す混乱を利用して、したたかに、自分だけに有利な状況を作り出す危険は常にある。

古い既得権益に囲まれたエネルギー業界はいろいろ問題がある。しかし新しく政治的に作られた再生可能エネルギー業界は、別にきれいな存在ではなかった。孫氏のような優れたしたたかな人が、自分に有利な仕組みをつくってしまった。おそらく孫氏と、嶋氏は「正しいことをしよう」と真剣に考えているのだろう。しかし人間はいくつもの矛盾した顔を持ち、自分の利益も同時に追求していた。

その結果、国民全体には利益をもたらさないエネルギー政策が行われ、再エネ利権が作られてしまった。筆者は再エネを応援する立場だ。しかしこうした歪んだ成長をするべきではなかったと思う。

他の分野でも、同じように愚かな政治家を躍らせて、自分の利益を実現しようとする人たちが、見えないところで今この時点で暗躍しているだろう。この本を読むと後味は悪いが、政策決定での過ちを繰り返さないために警戒心を私たちが抱くことはできる。

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